の降る丘


 いつも飲み込んでしまう。
 たった一つの言葉を……
 
「あかねちゃんっ、あかねちゃん!」
 詩紋は必死に彼女の名を呼んでいた。
 あかねが怨霊の攻撃を受け、倒れてしまったのだ。
 怨霊を撃退したイノリがこちらにかけよってくる。
「おいっ、大丈夫か!?」
「どうしようイノリ君、あかねちゃん全然動かないよっ。」
「お前が泣いても仕方ねーだろっ。とりあえず藤姫の所に運んでだな……。」
「ん……。」
 ふいにあかねの口からもれるうめき声。
「あかねちゃんっ。」
「お、目覚めたか?」
 2人が見守る中、あかねはゆっくりと上半身を起こす。ぼーっと2人の顔を
見つめ、
「…あなた達……誰?」
「は?」
 詩紋とイノリは顔を見合わせた。
 
 藤姫の館……
「まぁ、神子様が?」
 詩紋の話をきいて、藤姫は目をぱちくりさせた。
「僕達のこと、全然わからないみたいなんだ。ここがどこかも。自分の名前は
覚えてたんだけど……。」
「性格まで変わっちまってよ。…調子狂うぜ…。」
 溜息をつく詩紋とイノリ。あかねは珍しそうに辺りをみまわしている。
 と……
「ふふ…、おとなしい神子殿というのもなかなかかわいらしいね。」
「え……?」
「友雅ぁっ!!!」
 あかねに急接近する友雅を天真がはり倒した。
「まったく…油断も隙もねぇ…。」
「神子、本当に私達のこと、少しも覚えていないのですか?」
 永泉の問いにあかねはきょとんとする。
「"神子"って……、私、そういう身分の人間なんですか?」
「……。」
 流れる沈黙。
 頼久が無言で刀をかまえる。
「風破……。」
「こらぁぁぁっ!!」
 天真はすかさず刀を取り上げた。
「何をする気だっ何をっ!?」
「記憶を失った時と同じ衝撃をあたえれば、記憶が戻るのではないか。と、思
ったのだ。」
「な〜るほど。頼久、頭いいじゃん♪」
「それでは私も…水撃……。」
「やめろとゆーに!!」
 ぎゃいぎゃい騒ぎ出す一同。
 そんな中、落ち着いている人間が役2名いた。
 鷹通と泰明だ。
「ははは。みなさん混乱してますねぇ。」
「問題ない。」
 ……落ち着きすぎである。
 詩紋は首を傾げているあかねの手を、思い切ってぎゅっと握りしめてみた。
「?」
「あの……外に出ない?ここじゃうるさいだけだし…。」
「そうですね。そうしましょう。」
 敬語を少しくすぐったく感じつつ、詩紋は彼女の手を引き、館をあとにした。
 
 船岡山……
「綺麗な場所ですね。」
「うん、ここからだと京がよく見えるんだ。」
 詩紋はここから見える景色が好きだった。たぶん、あかねも。
「あかねちゃん良く言ってたんだよ。"この世界を何としてでもまもりたい"
って…。」
「え?」
「……本当に、覚えてないんだね……。」
「ご…ごめんなさい…。」
「謝ることないよ、たぶん僕が悪いんだ。」
 詩紋はふと目を細めた。
「覚えてなくてもいいから、僕の話聞いてくれる?」
 今、話さないと駄目なような気がする。あかねには伝わらなくても……
「この前、僕、あかねちゃんに"嫌い"とか言っちゃったけど……。」
 それは2日前のこと、イノリにあかねとの仲をからかわれた詩紋は思わず言
ってしまったのだ。
『ぼ…僕は……あかねちゃんのことなんか嫌いだよっ。』
 と。
「あれね、嘘だよ。あのときは素直になれなくて……。本当は…。」
 本当の気持ちは―。
「僕、あかねちゃんが大好き。」
「え…?」
 あかねは頬を赤らめた。詩紋はそんな彼女の顔を真っ直ぐに見つめ、
「大好きだから…だからっ。」
「……。」
「元に戻ってよ!忘れないでよっ!僕…僕……。」
 詩紋の瞳から溢れ出る涙。
「詩紋くん……。」
 ふわっ
 あかねは彼の頭を優しくなでた。ふっと微笑み、
「ありがとう、私も大好きだよ。」
「あかねちゃん…?」
 詩紋は目を見開く。
「思い……出したの……?」
「え、何を?」
 きょとんとするあかね。詩紋はくしゃっと顔をゆがめ…
「あかねちゃんっ!」
 思い切り彼女に抱きついた。
「え…わっ……何、どうしたの?」
「何でもない、何でもないよ。」
 詩紋の顔には溢れんばかりの笑顔が浮かんでいた。
 
「神子様っ良かった、お戻りになられたのですね?」
 館に帰るなり、今度は藤姫があかねに飛びついてきた。
「あかね、お前記憶喪失になってたんだぜ。」
「今度から、無理して怨霊につっこんでくのやめろよなっ!」
「よくわからないけど…心配かけちゃったみたいだね…。
 ごめんね。みんな。」
「神子様ぁ〜。」
 泣き出す藤姫をあかねがなだめる。
 イノリは詩紋にかけより、
「おい、詩紋。お前どーやってあかねの記憶戻したんだ?」
「それは……。」
 詩紋は人差し指を口にあてた。
「秘密だよ。」
 
 いつも飲み込んでいた言葉。あの人への気持ち。
 素直に口に出してみよう。
 とっておきの笑顔をそえて。
 
 そう、願いはかなうものだから―
                                    おわり
 
あとがきのようなもの
詩紋くんです。なんかあんまり題名と内容があってないような……。
 展開もはやすぎですね。
 やっぱり、詩紋くんはかわいいですな。私じゃ、そのかわいさを表現できま
せん……。
 友人に言われたとおり「大好き。」は言わせましたが…。はぁ、実力不足で
す。


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