みの行方


 ハーヴェイは昔から人に弱みを見せることはしない奴だった。

 

「随分と派手にやられてるなー。イルヤ島」

「……お前もな」

 あきれ声で呟くと、前を歩いていたハーヴェイは足を止めこちらを振り返った。

「は?」

「血の道ができている」

「あー」

 地面に点々とついた赤い跡。ハーヴェイは今更気づいたらしい。ざっくりと斬れて

いる左腕を顔の高さまで上げ、「これか」と呟いた。

「後先考えず敵に突っ込むからだ」

「これくらい全然へーきだぜ?」

「……」

 けろりと彼は言うが、それは虚勢だと知っている。

 昔からそうだ。本当に痛い時に痛いと言った試しがない。

 その傷で痛くないはずはないだろう。

 シグルドはハーヴェイの左腕を強引に引っ張った。

「わっ、こら。何すんだよっ」

「血くらい止めろ」

「へーきだって言ってるだろ」

「俺達の役目を忘れたのか。島に残された住民の救出だ。そんな血だらけでは住民も脅え

るだろう?」

 これには納得したらしく、彼は文句を漏らしつつも腕をシグルドに預けた。手早く止血

をし、布を傷口に巻きつけてやる。よくあることなので、布は常備していた。

「あ」

「おい、まだ終わってない…」

「犬だ、犬」

「え?」

 目線を下にやると、薄汚れた子犬がハーヴェイの足にじゃれついていた。ハーヴェイは

シグルドの手を振り解き、子犬を抱き上げる。

「なに、お前。飼主とはぐれちまったのか?」

 子犬は首を傾げ、ハーヴェイの頬をなめた。

「ははっ、くすぐってぇ〜」

「…」

 嫌な予感がする。

「なぁ。こいつ、船に乗せちゃ駄目かな」

 予想通りの発言に、シグルドは溜息をついた。

「いちいち犬まで乗せてたらキリがない」

「いーじゃん。俺がちゃんと面倒みるし。なー、ハナコ?」

 もう名前まで決めてしまっている。

 こうなってしまったら、いくら言っても手放す気にはなってくれないだろう。

 妙に頑固なのだ。このハーヴェイという男は。

「……スー様が許可したらな」

「よっしゃ。やったな、ハナコ!」

「どうでもいいが、ネーミングセンス最悪だな」

「うるせ」

 まぁ、いい。

 様子からするとこの犬は何日も食事をとっていない。相当弱っているはずだ。

 残酷な話だが……恐らくすぐに死んでしまうだろう。

 そうすれば、ハーヴェイももう犬を拾おうとは思わないはずである。

 

 あれからというもの、ハーヴェイはハナコにべったりだった。

 船内では常に連れて歩き、食事を共にし、共に眠る。

 彼曰く

 

”だってさぁ。ほら、俺もボロボロな所をキカ様に拾われたじゃん?こいつ見てると妙に

親近感わいちまってさぁ”

 

 だ、そうだ。

 正直、失敗したと思う。

 ここまで情を移すとは思わなかった。

 ―――こんなことなら、無理にでも引き離すべきだったな

 ハナコが死んだ時、きっとまたあの笑顔を見ることになる。

 どこも痛くないとでもいうような、あの笑顔。

 彼は弱みは見せない。

 決して。

 誰にも。

 そして一人きりで泣くのだろう。

 声を殺して。

 ただ静かに。

 それが強さだと、信じているのだ。

「馬鹿だな、あいつは」

 一人きりで生きて行けるほど、強い人間ではないだろうに。

「……俺も、馬鹿か」

 他人のことでこんなにも痛いと感じてしまう自分自身も。

 

 その日、ハーヴェイはハナコを連れていなかった。

 昨日の晩、ハナコが息を引き取ったことは船員のほとんどが知っている。

 気を遣う彼らだったが、ハーヴェイは特に落込んでいる様子もなく、いつも通りに振舞

っていた。

 

「ハーヴェイさんって強いんだね。あんなに可愛がっていたのに」

「単に薄情なんじゃないの。犬くらい死んだってどーってことないんだわ」

 

 わかっていない。

 誤解されやすい行動を取るハーヴェイもハーヴェイだ。

 いらいらする。

「どうしたんですか。シグルドさん?」

「え」

 無意識に壁に拳を打ちつけていたらしい。きょとんとするスーにシグルドは笑顔を見せ

た。

「いえ。何でもありません」

 

 ドアをノックする。反応はなし。構わずにノブを回した。

「何だよ、シグルド。返事してないのに入ってくんなよな」

「ここは俺の部屋でもあるんだ」

「そりゃそうだけどよ」

 会話をしつつも、ベッドに腰をおろしているハーヴェイは背中を向けたままこちらを振

り向くことはなかった。

「ハーヴェイ。ハナコは……」

「ああ。別に……。長くもたないことくらいわかってたしさ」

「それなのに拾ったのか?傷つくのがわかっていて―――」

「別に俺、傷ついてねーよ。よく考えてみろよ?一週間しか一緒にいなかったんだぜ?そ

んなのにいちいち悲しんでたらキリねーだろが」

「……亡骸はどうしたんだ?」

「何でそんなこと訊くんだよっ」

 弾かれたようにハーヴェイが振り向いた。シグルドを睨みつける瞳は孤独な狼のようだ。

「……ハーヴェイ?」

「あ」

 シグルドが眉をひそめると、彼は慌てて背を向け直す。

 痛い痛いと悲鳴が聞こえた。

 確かに。

 はっきりと。

 それは声ではなかったけれど。

「ハーヴェイ。お前は言葉にしないからよくわからないな」

「何の事だよ」

「痛いなら痛いと言え」

「痛くねぇよ。何言ってんだ、お前」

 

 痛い、痛いよ

 

 悲鳴が聞こえる。

 

「痛いんだろ?」

「痛くねぇ」

 

 聞こえるんだ。

 

「痛い」

「痛くない」

「痛い」

「痛くないっ!」

 

 痛い

 

 胸が

 

 心が 痛い

 

 誰か気づいて

 

 誰か助けて

 

「……本当に?」

「…痛くない…。痛くない……っ」

 ハーヴェイは唇を噛締めた。

「っ…。……痛い…。痛ぇ…よ。痛いに決まってんだろっ」

 やっと紡がれた言葉。

 すねたような口調に妙な安堵を覚える。シグルドは思わず吹き出していた。

 今度こそ本当に振り向いて、ハーヴェイが怒鳴る。

「何がおかしいんだよっ」

「いや……意地を張る子供のようだと思って」

「あーっ、ちくしょう。何なんだよ、お前!」

 クスクス笑いながらシグルドはベッドに腰をおろした。ハーヴェイには背を向けて。

「……泣かないのか?」

「そこまで子供じゃねーよ」

 言いつつハーヴェイも背を向け、シグルドの背中に寄りかかる。

「泣かねーけど……ちょっと背中貸せ」

 背中越しに震えが伝わる。

 嗚咽が聞こえたが何も言わないことにした。

 波の音に紛れて聞こえなかった。

 そういうことにしておこうか。

 

「痛い」

「うるさい」

「痛い。すっげー痛い」

「擦り傷くらいで騒ぐな」

 あれからハーヴェイは弱みを良く見せるようになった。

 それはもう、見せ過ぎなくらいに。

「だって言ってほしいんだろ?」

「それはそうだが……。お前、キカ様やスー様には言わないだろう」

 シグルドにだけだ。子供のようにわめいて見せるのは。

「俺さ、思ったんだ」

「何を」

 ハーヴェイは清々しいほどの笑顔を浮かべ言う。

「世界で一番信頼できる相手にだけなら、弱音吐いてもいいんじゃねぇかなって」

「………は?」

 意味を飲み込もうとした時には、ハーヴェイはすでに前を歩いていた。

「ほら、シグルド。早く来ないと置いてくぞ」

「……」

 世界で一番信頼できる相手にだけ。

 なるほど。

「……お前らしいな」

「何か言ったかぁ?」

「いや……何でもない」

 

 ハーヴェイは昔から人に弱みを見せることはしない奴だった。

 意地っ張りで

 妙なプライドを持っていて

 一人で立つこと。それを強さだと信じていた。

 心が悲鳴をあげていることには耳を塞いでいたんだ。

 それに気づいたのは……彼を気にするようになったのは、いつのことだったか。

 

 

 もう、悲鳴は聞こえない


                                おわり

■あとがきという名の言い訳
捏造にも程がある。妄想もここまでくるとあれですね。
「ハーヴェイって変にプライドの高い犬っぽいよなー」
と、思ってしまったのがそもそもの間違いでした。
夢見過ぎ・・・!
いいんです。私は満足です。
何かこう・・・ハーヴェイが唯一弱音を吐ける相手がシグルドだったらいいなー、と。
構図的にはあれですか。
ハーヴェイ=犬、シグルド=飼主・・・な感じで!!(ええ!?
うちのハーヴェイは意地っ張りなんです。プライドが高いんです。
口調が25歳じゃないんです。
犬なんです。
うちのシグルドはハーヴェイに甘いんです。彼しか見えていないんです。
親馬鹿飼主なんです。
実際の幻水4とは一切関係ないので細かいことは気にせずに。
妄想です。夢です。捏造です。
自分の萌えが表現できればそれでいいです、はい。

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