れでも君のそばで


 誰も構うな。

 俺は一人でいたいんだ。

 今までずっと一人だった。

 これからもずっと一人でいい。

 

 なのに

「お前さ、人の話聞いてた?」

「聞いてましたよ。”俺に構わないでくれ”でしたよね?」

「だったら何で付きまとうんだ」

「僕がそうしたいからです」

 ―――俺の意志は完全無視か。

 誤算だった。

 このスーという少年。ぼけーっとしているから、少し強く言っておけば近づいてこない

だろうと思っていたのだが。予想に反して図太い。

「テッドさんは何で一人がいいんですか?」

 おまけにしつこい。この質問はもう二十回目だ。

「お前には関係無いって言ったはずだ」

「関係無くないです。だって仲間でしょう?」

「……仲間?」

 テッドは速歩きをしていた足を止め、スーの方を振り返った。

「俺がいつ仲間になったんだよ」

「え…だって……」

 スーは怪訝そうに首を傾げる。

「一緒に戦ってくれるんですよね?」

「借りを返すだけだ。手を貸すだけ。勘違いすんな」

 仲間だなんて。

 そんな馴れ合い、する気はない。

「俺は……一人でいいんだよ」

 スーは無言で一歩、テッドに近づいた。真っ直ぐな視線に一瞬たじろぐ。

「……何」

「……穴」

「は?」

「テッドさんの心って、ぽっかり穴が空いてるみたいです」

「…」

 ずっと昔に空いた穴。

 何で埋まっていたのかは覚えていない。

 そしてもう埋まることのない大きな穴。

 いや、埋まらなくていいんだ。

「……意味がわかんないんだけど」

「あ。やっぱりそうですか?僕もそうなんです」

「はあ?」

 それこそ意味がわからない。

「ただ何となく。そんな気がして……」

「…馬鹿らしい」

 付き合ってられるか。

 テッドは再び歩き出した。

 気分が悪い。

 部屋に戻って横になりたかった。

「テッドさんっ」

 後ろからスーの声がかかる。

「明日、港につくんです。何でもお祭りをやってるらしくて。一緒に見て回りませんか?」

「…」

「迎えに行きますからね!」

 返事はしなかった。

 する必要も無かった。

 

 人と関りたくないなら外に出なければいい。

 次の日、テッドは部屋の中で何をするでもなく、じっとしていた。

 朝食も昼食もとっていない。

 昼頃に一度、スーが来た。数回ノックされたが無視をした。

 それから数時間。さすがに腹が減ってくる。

 思えば昨日の夕食も食べていないのだ。

 今ならきっと皆祭りに出かけている。船の中に残っている者はほとんどいないだろう。

 スーも。きっと。

 そう判断し、テッドは部屋の扉を開けた。2,3歩歩いてから何かが視界に入ったよう

な気がして踏み止まる。

「……お前……何やってんの……?」

「何って、迎えに来たんです」

 部屋の横にしゃがみこんでいたスーは、立ちあがりながら答えた。

「ノックしても返事してくれないし。これはもう、出てくるのを待つしかないなー、と」

「待つって……」

 あれから何時間たっている?ずっと待っていたとでもいうのか。

 ………馬鹿じゃないのか。

「早く行きましょう。祭が終わっちゃう」

「あ……おいっ」

 腕を引っ張られる。

 振りほどくことくらいできたはずだ。

 なのに、どうして。

 振りほどけないんだろう。

 振りほどけなかったんだろう。

 

 空を見上げる。星が綺麗だった。

「…何やってんだ、俺」

 結局、祭に付き合ってしまった自分に嫌気が差す。

 決めたはずだ。

 他人に深く関らないこと。

 他人を想わないこと。

 この星の数ほどの出会いと別れの中で出した、たった一つの結論じゃないか。

 苦しまないように

 悲しくないように

 ……傷つけないために

「……俺って意志弱いのかも……」

 流されかけている。あのスーという少年に。ほんの少しだけ惹かれている自分が居る。

「ソウルイーター。頼むから……」

 もう少し、おとなしくしててくれよ。

 この気持ちを振り切るまでは。

「テッドさんっ」

 イカ焼きを手に持ったスーが、こちらに駆け寄ってきた。テッドにイカ焼きを一本渡し、

彼の横に腰を下ろす。

「……いいのか。こんな深刻な状況の時に呑気に祭なんてさ」

「たまには息抜きも必要ですよ。それにテッドさんだって」

 スーはクスクス笑いながら話す。

「けっこう楽しんでるじゃないですか。射的なんてムキになってやってたし」

「う…」

 どうもこういう明るい場所は駄目だ。つい地の性格が出てしまう。

「……別に、嫌いじゃないんだよ。祭とか…皆でワイワイ騒ぐのとかさ」

「え?」

「楽しい……。うん。楽しいんだよな、こういうの」

 祭だなんて、本当に久しぶりで。

 元々じっとしているのは苦手な性格だ。

 心が踊る。

「ここらで花火でもあがれば盛り上がるんだけどなー」

「ぷっ」

 横でスーが吹き出した。腹を抱えて笑い出す。

「……何。そんなにおかしかったか?」

「だ…だって……っ。テッドさん、いつもと全然違うから…」

「……あ」

 テッドははっとし、口を抑えた。

 今、俺……素で話してた?

「そっちの方がいいですよ。いつもムスっとしているよりは」

「…」

 駄目だ。

 駄目だ、駄目だ、駄目だ。

 直感でわかる。

 こいつは絶対に駄目だ。

 このまま一緒にいたらきっと―――

「……帰る」

 立ち上がり、石段を駆け下りた。すぐにスーが追いかけてくる。

「テッドさんっ!急にどうし―――」

「来るなっ」

「テッドさんっ」

「来るなっつってんだろっ」

「〜っ」

 スーがスピードを上げた。腕を強く掴まれる。

 そういえばこいつ。無駄に素早かったっけ。

「……めろよっ…」

 やめろ。

 頼むから。

 俺は一人になりたいんだ。

 一人でいなきゃいけないんだ。

「離せよ」

「嫌です」

「離せっ」

「離しません」

「……何なんだよ、お前……。…勘弁…してくれよ」

 力が抜ける。立っていられなくてその場に座り込んだ。

「……テッドさん?」

「…痛いんだよ。お前がそばにいると苦しいんだ…」

 これ以上近づかないでくれ。

 笑わないでくれ。

 頼むよ。

 頼むから。

「…テッドさん、僕は負けません」

「何の話だよ」

「だからテッドさんも負けないで下さい」

「だから何に!」

 顔を上げた。

 スーは笑っているような泣いているような複雑な表情を浮かべている。

 ―――わかるでしょう?

 そう言っているようだった。

 わかる。

 痛いほどわかる。

 この力に負けそうで

 いつでも押し潰されそうで

「…お前、わかってんのか。こいつは魂を食うんだよ。お前だっていつ食われるか……」

「大丈夫です」

「何を根拠にそんな―――」

「僕が大丈夫だって思うから大丈夫なんです。僕は紋章なんかに負けるつもりはありませ

ん。罰の紋章にもソウルイーターにも。絶対、負けてやらない」

 彼のこの強さはいったいどこからくるものなのだろう。

 大丈夫。

 大丈夫だなんて―――

「…テッドさん。僕は消えたりなんかしませんよ」

「…」

 星の数ほどの出会いの中。

 皆消えていく。

 俺の前から。

 皆俺を置いていく。

 想えば想うほど、訪れる別れ。

 

 ごめんなさい。

 俺に出会ったばっかりに。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 

 だから心を閉ざそうと。

 もう誰にも心は開かないと。

 決めた。

 決めたはずなのに―――

 

「……お前、変わってる」

「よく言われます」

「ほんと…馬鹿だなぁ……」

 苦笑する。笑うのなんて久しぶりだ。

 スーの前では崩れていく。

 今まで必死で作り上げてきた”嘘”の自分。

 でも、悪い気はしない。

 しなかったんだ。

「……スー」

「はい?」

「……あのさ……その…何だ。”仲間”は何か違うから……。”友達”になら…なってやっ

てもいい……かも」

 口をもごもごさせながら言うと、スーは顔を輝かせテッドに抱きついた。

「うわっ、こらっ!落ちる……」

「…嬉しいです」

「……」

 テッドはぎこちなくスーの肩をぽんと叩いてやった。

 まだ慣れない。

 人に触れること。

 人に触れられること。

 けど

 

「スー。とりあえず敬語はやめろ。さん付けも禁止!いーな?」

「はい!テッドさん」

「……失格」

「…あれ…?」

 

 少しずつ歩み寄っていこうか。

 君のそばに。



                                おわり

■あとがきという名のいいわけ
全力でテド坊を推奨している私ですが・・・
テド4も意外と良いかもしれない、と思って勢いで書いてしまいました・・・。
テド4とは呼べないような代物ですが。
友達以上恋人未満な二人がいい。
純粋にテッドのことが好きなスーと
態度には出さないけど密かにスーが大好きなテッドと
そんな感じが萌(どんな

ちなみにうちの4主・スーさんですが。
基本的には良い子です。
敬語が基本。
でもたまに黒いかも。
そんな子。

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