が笑えば


 無口で無表情で何を考えているのかわからない。

 それが周りの言うトラヴィスの印象らしい。

 まぁ、否定はしないけれど。

 

 

「産まれる」

「何が」

「赤ん坊」

「はあ?」

 唐突過ぎるトラヴィスの発言。

 ジェレミーがすぐさま食いついた。

「え、何。いつの間にそんなことになってたんだよ?」

「……いつだろう。…いつも一緒にいたからな……」

「へぇー、やるじゃん!おめでたいなー」

「ああ。俺が出産に立ち会おうと思っている」

「え。トラヴィス、そんなことできんの」

「経験はないが、彼女は俺にとって大切な存在だからな」

「うあー。何か格好いーなぁ」

「…」

 何だろう。この会話、まったく噛み合っていないような気がする。

「ゴホ…ッ。あの、ジェレミ―――」

「で、相手は誰なんだ?」

「相手?」

 トラヴィスは何故そんなことを訊くのかとでもいうふうに顔をしかめた。

「……猫以外に何がいるんだ?」

「ねこ?」

 そんなオチだろうと思った。

 

 ネコ部屋(と一部で呼ばれている)に入るのは初めてだった。

 ネコに加え、この部屋にはネコボルトもいる。

 どうも彼らの毛は駄目なのだ。咳が止まらなくなる。

 トリスタンは口と鼻を布で押さえ、なるべく息を吸わないようにしながら問題の猫に近

づいた。

「…この猫?」

「ああ」

 確かに腹が大分大きくなっている。あと数日のうちに産まれるだろう。

 その猫に寄り添うようにもう一匹。こいつがお相手というわけか。

「ところで、ジェレミーはどうしたんだ」

「ゴホッ。何か遠い目をして自室に戻っていったよ。あれは、妙な勘違いしてるな……ゴ

ホッ」

「勘違い?」

「ゴホッ…。トラヴィスと猫の間に子供が産まれるって」

 想像すると怖過ぎる発想だ。

 トラヴィスは眉間に皺を寄せる。

「……何故そうなるんだ……?」

「トラヴィスは言葉が足らな過ぎるんだ。ゴホッ」

「……?」

 皺を寄せたまま考え込むトラヴィス。

 自覚無し。

 一番厄介だ。

 それに加え、ジェレミーは聞いたことをそのまま飲みこんでしまう。この二人の会話が

噛み合わないのは度々あることだった。

 間に挟まれる身としては結構辛い。

 いつも立ちまわるのはトリスタンなのだから。

 

 その日からトラヴィスは皆の前に姿を見せなくなった。

 朝食も昼食も夕食もとっていないようだ。

 夜。

 猫部屋の扉を開けるとトラヴィスが毛布にくるまって猫を凝視していた。

 彼と猫以外は誰も居ない。

 ―――……やっぱり。

 トリスタンは溜息をつき、彼の背中に声をかける。

「……ずっとそうしてるのか」

「…ああ。いつ産まれるかわからないからな」

「ゴホッ。頼むから食事くらいはとってくれ……」

「ああ……。そういえば食べていなかったな……」

 食事をするという行為自体忘れていたらしい。この分だと睡眠もとっていなさそうだ。

 何故そこまで根を詰めるのか。

 トラヴィスの隣に座り込み尋ねてみると、彼はぽつりと話した。

「……命が産まれるのは嬉しいことだ」

「…」

 たった一言だったが、どきっとする。

 そういえばトラヴィスから家族の話を聞いたことが一度もないことに気づいた。

「こんな時代だ。人が沢山死んでいく。そんな中で産まれる命なんて……余計、大切にし

たいじゃないか」

「……それは……そうだな」

 ふと思う。

 この青年は今まで色々なものを失ってきたのかもしれない。

 だから産まれてくるモノをこんなに嬉しいと思うのだろう。

 ただ気になるのは……

 ―――嬉しいなら、もっと笑えばいいのに。

 彼の笑顔をトリスタンは見たことが無かった。

 今だって、本当に嬉しいのか疑いたくなるほどの無表情だ。

 笑い慣れていないのだろうか。

 彼はどんな人生を歩んできたのだろう。

 訊いてまで知りたいとは思わないが、笑って欲しいとは思う。

 だってその方がずっと嬉しいじゃないか。

「……トラヴィス」

「……」

「……トラヴィス?」

 返事が無い。

 代わりに聞こえてきたのは寝息だった。

「……やっぱり寝ていなかったのか……」

 苦笑しつつ、毛布をかけ直してやる。

 今晩はどうやらトリスタンが徹夜をしなければならないようだった。

 

 朝。

 猫の声にはっと目を開いた。

 何時の間にか肩に毛布がかかっている。

 しまった。

 寝てしまったらしい。

 目の前にトラヴィスの背中が見えた。

「…トラヴィス…?」

「トリスタンっ」

 彼は振りかえると勢い良く抱きついてくる。力に逆らえず、そのまま押し倒された。

「うわっ…!?」

「やった!産まれた。産まれたんだ!」

「え?」

 トラヴィスの肩の向こうを覗きこんでみると、小さな赤ちゃん猫が3匹。親猫が産まれ

たばかりの彼らの体を舐めてやっていた。

「あ…はは。ちゃんと、産まれたんだ」

「……ああ。良かった……」

「…うん。良かったな」

 産まれた。

 小さな命だけれど、確かにこの世に生まれてきたんだ。

 トラヴィスの気持ちが痛いほど伝わってくる。

「……トラヴィス。重い…」

「あ。すまない……つい」

 体を浮かせたトラヴィスの顔を見上げ、トリスタンは嬉しくなった。

 何故なら……

「……嬉しいか?」

「嬉しいさ」

「うん。良かったな」

 何故なら、トラヴィスは零れ落ちそうなほどの笑顔を浮かべていたのだ。

 

 

 朝からトラヴィスとトリスタンの姿を見ない。

 トラヴィスは数日前からだが、トリスタンまで消えるとはどういうことだ。

 猫がどーのとトラヴィスが言っていたので、とりあえず猫部屋のドアを開けてみた。

「しー」

 いきなり人差し指を口にあてたネコボルト三人衆に出くわす。

 何事かと顔をしかめると、チープーが部屋の奥を指差した。

「……何やってんの、こいつら」

「幸せそうに寝てるから起こさないであげてよ」

「ははは。おもしれー」

 トラヴィスとトリスタンが並んで眠っている。

 彼らに寄り添うように、2匹の猫と3匹の子猫もまた寝息をたてていた。

 確かに幸せそうだ。

 あれ?でも待てよ。

「トラヴィスと猫の間に子供が生まれるんじゃなかったっけ?」

「…それ、不可能だよ…ジェレミー……」

「あれ?」




 ほら、やっぱり。

 笑った方がずっと幸せだろう?

                                おわり

■あとがきという名の言い訳
何が書きたかったのか自分でも良くわからないのですが(え
最後のシーンが書きたかったんですよ!
トリスタンとトラヴィスと猫達が寄り添って寝ているところを!
トリスタンに関しては、猫の毛が苦手なようなので苦しそうではありますが(笑
一応、トラヴィス×トリスタンのつもりで書きましたが、それほどでもないですね。
ただ二人がほのぼのーっとしている話です。
私、こういうゆるーい感じのお話が一番好きなんです、はい。
そして阿呆過ぎるジェレミー。
どうも私の書くジェレミーは必要以上にお馬鹿なようです。
これでも大好きなんですよ!ジェレミー・・・。

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