んなロミオとジュリエット


「なぁ、ジュリア。あれ食いたくねぇ?」

「別に。勝手に一人で食べたらどうですか」

 路上販売していたパイを指差す彼の言葉を、ジュリアは軽く流した。

 茶髪を肩の辺りで切りそろえた緑眼の少女である。今はむすっとしていてわかりづらい

が、器量は相当に良い。

「ベリーパイでいいよな?」

「ですから私はいらないと―――」

「ほら」

 彼に笑顔でパイを差し出されると、ジュリアは何も言えなくなった。おとなしくパイを

受け取る。

「…どうも」

「素直でよろしい」

 満足げにうなずく彼。

 彼の名は、ロミ・バーンシュタイン。銀髪に灰色の瞳という変わった外見は、この国の

王家の血をひいている証だ。ジュリアより4つも年上の20歳なのだが、実際はそれより

も若く見えた。

 無表情でパイを食べるジュリアの顔をロミは自分の方に向かせる。彼女の顎に手をそえ、

「もっとうまそうに食えよ。可愛い顔がだいなしだぜ?」

「ご冗談を。そういう口説き文句は、いつもお相手をしてらっしゃる姫君達に何度も言っ

ていることでしょう?」

「つれないなぁ……。ほんとに可愛くねーぞ」

「ほっといてください」

 ジュリアはロミの手を払いのけると、再びパイに口をつけた。ロミは大して気にするこ

ともなく次の言葉を紡ぐ。

「にしても災難だったな。オレみたいな落ちこぼれ王子の護衛役なんか押し付けられちま

ってよ」

「まったくです。入団試験で一位なんてとるんじゃありませんでした」

「ぐ…。はっきり言うな。お前も」

 王子の護衛役は毎回騎士団の成績優秀者の中から選ばれる。今回は彼女に白羽の矢が立

ったというわけだ。

「なぁ、ジュリア。オレ、けっこうお前のこと気に入ってんだけど?」

「それは光栄ですね」

「本気なんだって」

 ロミはジュリアの前に立ち、彼女の両肩を掴んだ。ジュリアは目を見開き、ロミから視

線をそらす。

「そういうこと、こんな所で言わないでくださいよ。困りま……」

「だってお前、オレのこと全然見てくれねーし。嫌われてんじゃないかって思って……」

「そんなこと……」

 そこでジュリアは言葉を止めた。ロミの体を思いきり突き飛ばす。

 次の瞬間、今までロミが立っていた場所に一本の短剣が突き刺さった。

「な……っ」

 しりもちをついたロミが目を瞬かせ、周りに居た人々が悲鳴をあげてどこかへ逃げてい

く。

「白昼、しかもこんな道のど真ん中でロミ様をねらうとは……いい度胸ですね」

 何時の間にか黒ずくめの男5人がジュリアとロミを取り囲んでいた。

 王家には敵が多い。こうして命をねらわれることもしばしばなのだ。だから護衛役が必

要なのである。

「ジュリア―――」

「ロミ様はさがっていてください」

「あ…ああ」

 ジュリアは腰にさした剣を抜くと、地をけった。素速く一人目の懐に飛びこみ短剣を弾

き飛ばす。騎士団でも上位の強さを誇る彼女にとって、彼らなど敵ではない。

 二人、三人、四人と流れるように倒していき―――

「まったく……」

 五人目まで倒し終わると肩を落とした。ロミの方に体を向け

「ロミ様、お怪我は―――」

「ジュリア、後ろっ!」

「え?」

 振り向いたときには―――遅かった。鈍い音と共に後頭部に激痛。視界が大きく揺れる。

(しまった……!!)

 そのまま暗転。ジュリアは気を失った。

 倒れたジュリアの体を無造作に蹴り飛ばしたのは六人目の男。

「さぁ、どうする王子。もう護ってくれる奴はいないぞ」

「……これは困ったな」

 ロミは立ちあがり、服についた砂をはらう。

「あ〜ちくしょう。予想外だ。ジュリアを傷つけたからには黙って見逃すわけにはいかね

ぇよなぁ、うん」

「何をブツブツ言って―――」

「なぁ、あんた」

 顔を上げたロミを見て、男の背筋に何か冷たいものがはしった。普段の彼ではない。

 金色の……瞳?

「オレに護衛がついてる本当の理由、知ってるか?」

「な…何を……」 

 わけのわからない震えに怯える男の首にロミは手をかけた。にぃっと気味悪く口の端を

吊り上げる。

「暗殺者を殺させないためなんだよ」

 

 何だか妙な心地だった。ふわふわとした感覚の中、ゆっくりと目を開ける。

「大丈夫か?」

「……ロミ様………?」

 ジュリアはぼーっとロミを見上げ―――

 自分が彼の胸に寄りかかっていることに気づき、顔を真っ赤にした。

「な…っ」

「痛いところとかないか?けっこう思いきり殴られたみてーだけど……」

「そういえば頭が……。って、暗殺者は!?」

 ジュリアは立ちあがり、ぴくりとも動かない六人の男を見て愕然とする。

「まさかロミ様、殺―――」

「安心しな。殺しちゃいねーよ。ったく、王家の血ってのも厄介だよな。魔族の血が入っ

てるもんだから、バーサクかかるととんでもなく凶暴になりやがる。途中で我にかえれて

良かったぜ……」

「そ…そうですか……」

 ジュリアはその場に座り込んだ。安心したら急に力が抜けたのだ。

「約束は破らねーよ、オレは」

 あれは初めてジュリアに逢った時のこと。彼女は彼にこんなことを言った。

 

”これからは私が命がけであなたをお護りします。その代わり、あなたももう二度と人を

殺めないこと。これだけは絶対に守ってください”

 

 あまりに真剣な顔で言うものだから、ロミも真面目にうなずいたのを覚えている。

 あの時……彼女のことをいいと思ったのだ。

「ジュリア、お前も一つ約束してくれないか?」

「はぁ、何でしょう?」

「死ぬな」

 短いけれど強い言葉に、ジュリアは目を見開いた。

「お前が死んだら、オレはきっと魔族の血を抑えきれない」

「……私は…」

 ジュリアはいつになく真剣な面持ちのロミを見つめる。そしていつもと同じ無表情、淡々

とした口調で言った。

「私は死にませんよ。あなたを残して死ぬわけにはいきません」

「それは護衛役としてか?」

「さぁ、どうでしょうね」

 肩をすくめるジュリアを、ふいにロミは抱きしめる。

「ちょ……ロミ様?」

「なぁ、”ロミオとジュリエット”って話、知ってるか?」

 唐突な問いかけにジュリアは顔をしかめた。何を言い出すのだろう?

「…確か許されない恋の話でしたよね。それが何か?」

「や、何となくオレ達ってロミオとジュリエットみたいだなぁって思ってさ」

 誰に祝福されることもなく、認められることもなく。

「…そんなの……冗談じゃないです」

 ぼそりと呟くジュリア。

「あの話、ハッピーエンドじゃないじゃないですか」

「……確かに」

 ロミは「くくく」と笑う。そしてジュリアを抱きかかえ、立ちあがった。

「な…っ、おろしてくださいっ」

「いーじゃん、いーじゃん♪怪我人はおとなしくしてな」

「……」

 ジュリアは高鳴る鼓動を抑えきれず、うつむく。

 本当にこの王子にはかなわない。

「さて、ジュリアはハッピーエンドがお望みなのかな?」

「…どちらかといえば」

「よっしゃ。そんじゃオレが君をハッピーエンドまで導こう」

 軽い調子で言うロミ。ジュリアは彼を上目づかいで見上げる。

「…それは、期待してもいいんですか?」

「もちろん」

 自信満々に言ってのけるロミに、ジュリアはわずかに微笑んだ。

 

 でこぼこロミオとジュリエット。

 彼らの物語はハッピーエンドへ向けてまだ、始まったばかり―――

 

                               おわり

 

あとがきのようなもの

 題名からして恥ずかしいこの話。やはり内容も恥ずかしいです。

 本当は長編にしようと思ってたんですよ、これ。

 なので、いつか続きみたいなものも書きたいですね。

 けっこうこの二人、気に入ってるんでv

 

 姫君に仕える護衛(男)より、王子に仕える護衛(女)の方が萌えます(笑

 

 にしても安直な名前ですね…ロミとジュリアって……


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