わる想い


「よくスノア達の居場所がわかったね」

 スノアがラッセルの部屋に入るのを見届けてから、セトは楔に言った。

 楔は「ふふん」と胸を張る。

「ま、俺鼻がきくからね」

「あ〜そっか」

 楔の本来の姿を思い出し、頷くセト。

「でも、沢山の人間の中から一人の臭いを辿るのって簡単じゃないんだろ?」

「普通はそうなんだけど……。何かスノアって花のようないい匂いがするんだよねぇ……」

「花?」

「そ。しかもすっごい強烈なの。あれは香水とかそういう類ではないだろうなぁ……」

「……?」

 楔の言葉に含むものを感じ、セトは顔をしかめた。

 

 ラッセルが姿を見せなかったのは風邪をひいていたから。

 それを知って、スノアは少しほっとした。

「おれ、修理屋でさ。グインの方にも良く仕事で行くんだよね」

「知ってマス」

 だからあの道を通るのだ。

 週に1,2度。時間は決まっていないけれど、片手に大きなカバンを持って……

「…えっと……もしかしてグインの人かな?仕事で会ったことあるとか?」

 ラッセルの問いかけにスノアは首を横に振る。

「え?じゃあ…え〜っと……」

「あなたは優しい人デス」

「え?」

 スノアは目を細めた。いつかの情景を思い浮かべているような表情。

「ワタシ、ひとりたおれてマシタ。そこ、あなた通った。通り過ぎないで止まっタ。来た

道、走って戻って、水持ってキテ、かけてくれマシタ。ワタシ、嬉しかっタ」

「君は……」

 それからというもの、ラッセルは道を通る度、たった一輪の花の為だけに水を持ってき

た。

 青い花の前で止まってしゃがんで話しかけて―――

 そのうちに花は恋心を抱くようになった。

 決して叶うことのない恋。

 叶うはずが無い恋。

 それでも気持ちを止めることができなくて。

「もしかして……あの花……?」

「……嬉しいデス」

 にっこり微笑むスノア。

 わかってくれた。

 それなら後は……

「ワタシ、ラッセル大好きです。とてもとても大好きです。それだけ伝えたカッタ」

「……」

「大好き……デス」

 ラッセルはスノアの小さな体を強く抱きしめた。彼女の耳元で囁く。

「ありがとう」

 たった一言。

 だが、それだけで充分だった。

 充分過ぎるくらいだ。

 想いを伝えるだけで良かったのに。

 その想いに応えてもらえるなんて。

「……ワタシは……世界一幸せな花デスね……」

 

「ハルカさんハルカさんっ。見てくださいっ」

 花屋の前でコトハは立ち止まり、ハルカの腕を引っ張った。ハルカはコトハが指差す先

を見て、「あ」と声をあげる。

 ぽつんと二、三本だけ束ねてある青い花。

「スノア?」

「あら。あの花を知ってるなんて物知りね」

 売り子が驚いたような声をあげた。

「スノアは珍しい花でね。ぽつんと一本でしか咲かないから、なかなかお目にかかれない

のよ」

「へぇ〜…」

 そういえば、あのスノアも一本寂しそうに咲いていた。

「どう?一本買っていかない?君達みたいな若い子にはお勧めなんだけど」

「?どうしてですか?」

 売り子は「ふふふ」と笑うと、わざとらしく小声で囁く。

「実はね。スノアの花言葉は―――」

 

 セト達は家の前に立っていた。

「スノアさんは?」

「あるべき所に戻ったよ」

 楔の言葉に首を傾げるコトハ。ハルカは肩をおろし、わずかに口元を緩める。

「良かった。それなら想いは伝わったんだな」

「ありゃ。ハルカも気づいてたんだ?」

「まぁね」

 彼女からは人間の雰囲気というものが一切感じられなかったのだ。

「あれ?コトハ、その花って……」

 セトの問いにコトハは手もとの青い花を少し揺らして見せた。

「えへへ…。ハルカさんに買ってもらっちゃいました」

「へぇ〜」

「ふ〜ん」

 にやにやしながらハルカを見るセトと楔。

「……何だよ」

「べっつに〜」

「良かったね。コトハ」

「はいっ」

 コトハが笑顔で頷く。

「セトさんは知ってます?スノアの花言葉」

「え?知らないけど。何なの?」

 コトハは大人の知らない知識を自慢する子供のような顔になった。

「”必ず実る願い”なんですよ」

 

 彼はいつものように青い花の前にしゃがみこんだ。

「こんにちは。スノア」

 優しい声音で話し掛ける。

「風邪治ったから。これからはいつも通りちょくちょく来るよ。そしたら、君も寂しくな

いよね」

 風に揺れるスノアは彼の声に反応して喜んでいるように見えた。

 

 

 あきらめないで

 強く強く願って

 願いは必ず実るものだから


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