だ知らない気持ち


「優男でラッセルってーと、あの子じゃないかい?」

 次の日、いきなり有力な情報が見つかった。

「知ってるんですか?」

 ハルカが三十過ぎほどの女性に問いかける。

「あ〜うん。そーいや最近見かけないけどねぇ。ここに住んでるから行ってみな」

 そう言って女は地図を紙に記し、ハルカに手渡してくれた。

「今度こそ当たりだといいんだけど…」

 淡い期待を抱きつつ、地図に記された家の前まで行ってみる。青いドアに付けられた表

札には、確かに”ラッセル・リズバ”という名前が書かれていた。

「スノア」

「はい、行きマス」

 ごくりと唾を飲み込み、ドアをノックするスノア。しばらくして一人の男が顔を出す。

 背が高く、温厚そうな瞳―――

「え〜っと…何か?」

 青年は風邪でもひいているのだろうか、鼻声で問いかける。

「あ、すいません。ちょっと人を探していて……。スノア、この人?」

 ハルカの問いかけにスノアは答えなかった。目を大きく見開いたまま動かない。

「お〜い、スノア?」

 楔が彼女の肩を叩こうと手を伸ばし―――

「おわっ!?」

 彼女が急に回れ右をしたので、びくっと後ずさった。スノアはそのまま走り出す。ハル

カがすかさずかけだし、声を張り上げる。

「後は頼んだ!」

 ハルカの姿が通りの向こうに消えると、三人は顔を見合わせた。

「頼まれちゃいましたけど……どうします?」

「どうするって……」

 スノアの今までにない反応。おそらく今回は当たりなのだろう。

 セトはきょとんとしているラッセルに視線を合わせた。

「えっと……とりあえず事情聞いてもらえます?」

 

 スノアの足は思いの外速く、ハルカは町外れでやっと追いつくことができた。

「何で……っ、逃げんの?」

 息を切らしつつ、ハルカ。スノアは立ち止まり、こちらは向かずに口を開く。

「びっくり…シマシタ……。頭の中、白くなって胸ドキドキして、何言っていいかわから

ナイ……」

「あ〜……なるほどね」

 心の準備ができていなかったのだろう。

「それに…。ワタシ、ラッセル知ってる。でもラッセル、ワタシわからない。迷惑かもデ

ス」

 いざ会うとなると恐くなる。

 想いを伝えて彼は応えてくれるのか?

 ちゃんと伝わるのか?

「伝わるよ」

「っ」

 ハルカのはっきりとした声にスノアは顔を上げた。彼の方を見る。

「それだけスノアが想ってるんだ。伝わらないわけないじゃん。ラッセルさんだってきっ

と応えてくれるよ」

「……ホントデスか……?」

「ああ、大丈夫」

 大丈夫。

 それは何の保証もない言葉だったけれど。

 それでも、ほんの少しだけ安心できた。

「やっぱり……ハルカサン…いい人デス」

「え?そ…かな……?」

 照れるハルカにスノアはクスクスと笑った。そして―――

「スノアっ!」

 高めの少年の声。通りの向こうから楔が走りよってくる。彼はスノアの前まで来ると、

ブイサインをしてみせた。

「やったよ、スノア。ラッセルって人、スノアに会ってくれるって」

「え……?」

「あ、でも風邪ひいてるらしいから、移されないように……」

 楔が言い終えるよりも早く、スノアは彼の横を走り抜けていった。

「あらあら……愛だねぇ」

 苦笑して肩をすくめる楔。

「それとねハルカ。コトハが君に話があるって」

「コトハ?」

 ややおずおずといった感じで彼女が建物の影から顔を出す。

「ほんじゃ、ごゆっくり〜」

 ニヤニヤと楽しそうに笑うと、楔は軽く手を振って走っていった。

「え〜っと……?」

 ハルカは居心地が悪そうに宙を仰ぐ。コトハはズカズカと音をたててハルカの前まで来

た。

 ……怒っている?

 ただならぬものを感じ―――

「わっ…!?」

 両手で顔を挟まれ、ハルカはぎょっとする。

「ちゃんと…」

「え?」

「ちゃんと……ちゃんと私を見てくださいっ」

 コトハは今までに見たことがないくらい真剣な顔をしていた。

「私のこと、嫌いならはっきり言ってください…っ。邪魔だと言ってください!じゃない

と私……」

 苦しい。

 ハルカのことが好きだから尚更―――。

 目を見て欲しい。

 目を見て何でも話して欲しい。

 わけがわからないままなのは嫌だ。

「う……」

 手を離して俯くコトハ。地面に二粒、三粒と雫が落ちる。

「……あのさぁ、コトハ?」

「……」

「こらっ。顔上げろ!」

「ふえ……?」

 ハルカは強引にコトハの顔を上げさせた。

 先程とは逆の状況になる。ハルカはコトハの目をきちんと見てから口を開いた。

「オレがいつ、コトハのこと嫌いだなんて言った?」

「え…。だって、ずっと私のこと避けて……」

「あ〜……」

 ハルカはしまったと口をつぐむ。その態度がコトハを不安にさせていたらしい。

「あのな、コトハ。あれは違うんだよ。少し考えごとしてて……コトハにどう接していい

かわからなくて……。それで…その……」

「?」

 ハルカは「はぁ」と息を吐くとコトハの肩に手を置いた。

「とにかく……嫌いになったわけじゃないから」

「…本当ですか?」

「ああ。嫌いになる理由がどこにあるんだよ」

 ハルカの言葉に、コトハの顔から笑みが零れた。

 ――良かった

 嫌われていなかった。

 これからもハルカのそばにいられる。

 いられるのだ。

「……私、スノアさんの気持ちがわかったような気がします」

「ん?」

「私の頭の中はハルカさんで一杯で、本当に些細なことで不安になって。本当はハルカさ

んがスノアさんに優しくしていたの、嫌だったんです」

 スノアが昨日言っていた。

 この気持ちは好きな気持ち。

 でも普通の好きとは違う気持ち。

「この気持ちは何ですか?」

「え……」

 ハルカは眉をひそめた。

 コトハの頭の中はハルカで一杯で?

 些細なことで不安になって?

 他の女性に優しくしているのは嫌?

 それってつまり―――

 ――……まじで?

 内心あせりだすハルカ。

 ――いや、まさか。いくらなんでもそれはねーだろ。うん、ない。絶対ない!

「あの……ハルカさん?」

「どわっ!?な…何?」

「顔赤いです?大丈夫ですか?」

「〜っ!!」

 ハルカは「ゲ」と口をおさえると肩を落とした。

「……コトハは、まだ知らなくていいんじゃないかな」

「え?どうしてですか?」

「どーしてもっ!」

 喚き、ハルカはコトハの手を取る。

「セト達に合流するぞ」

 手のひらを通して動揺がコトハに伝わらないようにと、彼は切実に願っていた。


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