なたに会いたい


 ハルカ達が現在いるところ。

 そこはミーズという街とグインという街を結ぶ道のちょうど真ん中の辺りだった。街と

街を結ぶといっても広くなく、昼夜通してあまり人通りはないらしい。

 ハルカは自己紹介をした後、少女に名前をたずねた。少女は少し考えてから道の外の原

っぱを指差す。そこにはたった一輪だけ、空の色をしている小さな花があった。

「あの花は……?」

「スノア」

「それが名前?」

 小さく頷く少女。

「ラッセル、向こうから歩いてきてここ通る」

 スノアはミーズがる方向を指差しながら言った。

「でもこの頃全然通らない。どうして、わからナイ。ワタシ、会いたくて仕方がないデス」

「知り合いか何かなのか?」

「ぜ……っ」

 スノアは赤面する。俯き、指どうしを絡ませて―――

「そんなの全然とんでもないデス。知り合い、違いマス。でも―――」

「でも?」

「…どうしても会いたいデス。好きだから。気持ちだけでも伝えたい」

「へぇ〜。一途だねぇ」

 セトが感心したように頷いた。

「セト、俺もけっこう一途なんだけ……って!?」

 腰に手を回そうとしていた楔の手の甲をつねる。飛びあがって痛がる楔のことは無視し、

セトはハルカに視線を送った。

「どーすんの、ハルカ?」

「えーっと……スノア?そんなに会いたいんならミーズに行って探してみようよ。良かっ

たらオレ達も協力するから……」

「ほんとデスか!?あなたいい人デス。大好きデス!」

 スノアは目を輝かせるとハルカの手をぎゅっと握り締める。

「ああ……えーっと……」

 何となくコトハの方に視線を移すハルカ。彼女は何故かむっとした顔でそっぽを向いて

いた。

 ―――何?オレ、何か悪いことしたっけ?

 どこまでも鈍いハルカには今のコトハの気持ちなど知るすべはなかった……。

 

 いや、しかし

 実を言うとコトハにも今の気持ちが何なのかわかっていなかった。

 ハルカがスノアに優しくしている。

 ―――私のことは避けているのに。

 そう思うと嫌な気持ちになるのだ。

 ―――変です……。胸がムカムカします。

 理解できない感情―――

 ハルカが自分を避けている今、彼に訊く事もできない。

 コトハは不安でまた流れそうになる涙を何とかこらえていた。

 

 ミーズは商業の街だった。世界各地から様々な品が集まり、ここで手に入らないものは

ないとまで言われているらしい。そういう街であるわけだから、さすがに広く―――

「う〜ん、それにしても広いなぁ。はっはっはー」

「楔、うるさい」

「オレの街の五倍はある……」

 ハルカの溜息は感嘆というより呆れ混じりだった。この街の中からどうやってラッセル

などという、複数いそうな名前の人間を探せというのだろう?

「あのさ…。そのラッセルっていう人、何か特徴とかある?」

「えっと……。背、高いデス。優しい目、してマス」

「…それだけ?」

「ワタシ…言葉、あまり知りまセン。何て言う、わからナイ」

「知らないって……。そーいや君、言葉がたどたどしいけど、異国人か何か?」

「イコク……?」

 この世界には五つの大陸が存在する。一つの大陸を囲むようにして東西南北に一つずつ。

ハルカ達が住む大陸は中央に当たり、他の四つの大陸から多くの人間が行き来しているの

だ。もちろん、大陸が違えば言語も文化も違ってくるわけで―――

「ま、いーや。とりあえず人に訊いて、しらみつぶしに探していこう」

 

 しらみつぶしに探した結果―――

 日が落ちても目的の人物は見つからなかった。ラッセルという人物は何人か出てきたの

だが、いざ訪ねてみるとスノアは首を横に振るだけ。

 一同は今日のところは諦めて、とりあえず宿をとることにした。

「ラッセル……。どこにいるデスか……?」

 ベッドに腰掛け、下を向いてしまうスノア。楔が無駄に明るい声を張り上げる。

「だいじょーぶだって!まだ街の四分の一も周れてないわけだし。絶対見つかる、見つか

るっ」

「そうそう」

 セトとリトがすかさず頷いた。

「ミツカルカクリツ、95パーセントデス」

 リトの発言に、ハルカが首を傾げる。

「残りの5パーセントって何だよ?」

「イエ、モシカシタラ、シンデルカ……」

 べしぃっ!

 セトの張り手を食らい、リトはベッドに沈んだ。バタバタと両手を動かし起き上がろう

とするが、無理なようだ。

「ったく。設定し直した方がいいのかな。スノア、今のは気にしないでよ」

「あ、はい。だいじょぶデス」

 スノアは笑ったが……

 それは誰の目から見ても明らかな無理をしている笑顔だった。

 

 真夜中―――

 コトハはわずかな衣擦れの音を聞き、目を開いた。人形にとっての眠りはあくまで充電

のようなもの。じっと動かないでさえいれば、自然とエネルギーは溜まっていくのだ。よ

って、耳などは普通に活動をしている。

「……?」

 身を起こすと人影がベランダに出て行くのが見えた。

「あれは……」

 コトハは立ちあがり、そっとベランダへの窓を開け後ろ手で閉める。

「…スノアさん?」

「え……っ。あ…ごめんなサイ。起こして……」

「あ、大丈夫です。私は…」

 正直、一度充分に眠れば一週間ほど普通に動けるのだ。

「何してるんですか?」

「いえ……少し考えごと……デス」

「ラッセルさんのことですか?」

 スノアは頬を赤に染めるとこくりと頷く。

「どうしてそこまで会いたいんですか?」

 コトハにはわからなかった。

 そこまで一途に想い続ける理由も。

 スノアの頬が赤くなっている理由も。

「昼…に言ったとおりデス。好き……なのデス。伝えたいこと、ありマス」

「好き……って……」

 コトハはエルクが好きだ。

 ハルカのこともセトのことも楔のことも好きだ。

 でも…きっとスノアが言う”好き”はその好きとは違うのだろう。何だかそんな気がし

た。

「あの…私、わからないんです。その”好き”って、どんな気持ちですか?」

「え?」

 スノアはほんの少し首を傾げ、

「……難しいデス。でも”好き”なると、その人で頭、いっぱいなりマス。胸の音、いつ

もより速く聞こえる。顔、熱くなる。その人が他のヒトに優しくするの嫌。これ、みんな

恋というものデス」

「恋……?」

 初めて聞く言葉だ。長い間エルクと暮らしてきたが、彼の口からそのような言葉が出た

ことはない。

 恋。

 恋……って?

「あの……私、よくわかりません……」

「だいじょぶデス。いつかコトハサンにもわかるなりマス」

 断言してみせるスノア。

 その時の彼女の笑顔が、コトハにはひどく眩しいものに見えた。


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