惑い


 どうしても会いたい人がいる

 どうしても伝えたいことがある

 

 最近ハルカの様子がおかしい。こちらをじっと見ていると思ったら急に視線を逸らした

り、何かを言いかけてやめたり―――

 何となく避けられているような気がしてコトハは落ち着かなかった。こんなハルカの態

度は初めてで、不安が募る。

 避けられている?

 何故?

 何かハルカの気に障るようなことをしただろうか?

 ――あ、そういえば昨日、ハルカさんの足を思いきり踏んじゃったような……。この前

は池に落ちそうな所を助けてもらったし……

 ……心当たりが有り過ぎだった。思い返してみれば出会って以来迷惑をかけっぱなしだ。

とっくに嫌われていてもおかしくはない。

 コトハの不安はどんどん大きくなり―――

「ハルカさんっ」

 思わず名前を呼んでいた。

「ん?」

 前を歩いていたハルカが振りかえる。視線はあくまでコトハから逸らしたままで。

 コトハは胸が絞めつけられるように痛むのを感じた。

「ご…ごめんなさいっ!」

「は?ちょ……っ、コトハ?」

 コトハは進行方向とは逆に走っていく。ぽかんとするハルカをセトと楔の物言いたそう

な目線が襲った。

「…君があれじゃあねぇ」

「そりゃコトハも不安爆発だよね」

「何わけわかんねーこと言ってんだよ。とっととコトハを追うぞっ」

「へいへい」

 あまりのハルカの鈍さに、セトと楔は「やれやれ」と首を振ったのだった。

 

 ――確実ですっ。嫌われたの決定です……!

 走って走って

 コトハはこのままどこかに消えてしまいたい気持ちになった。

 自分がドジだから

 何もできないから、ハルカに嫌われたのだ。

 せっかくハルカの方が自分と歩む道を選んでくれたのに。

 嬉しい気持ちを教えてくれたのに。

「れ……?」

 いつの間にか瞳に何かが溜まっていることに気づく。それは雫となり、頬をつたい、後

方に飛んでいった。

 それが何かコトハは知っている。

『涙』

 昔、エルクが言っていたのだ。

 

”いいかい、コトハ。君には僕達と同じように魂が宿っている。だからね、涙だって流れ

るんだよ”

”本当?いつ?どんな時に流れるの?”

”それはコトハ、君が自分で見つけてごらん”

 

 涙。

 不安なとき、胸が痛むときに流れるモノ……?

「…こんな答えならいらないよ。ご主人様……」

 コトハは立ち止まり、その場にしゃがみこんだ。

 と―――

 

”泣いているの?悲しいの?”

 

「え?」

 コトハは顔を上げた。立ちあがり、目を瞬かせる。

 目の前に一人の少女が居た。コトハよりも背が低く、小柄。綺麗な栗色の髪は柔らかな

ウェーブがかかっている。飛び付いたら一瞬で壊れてしまいそうなほど細身だ。

「あなたは……」

「すい…まセン。ワタシ、上手く話せない」

 ゆっくりと一つ一つの言葉を確認するように少女が話す。

「ラッセル……人、知ってマスか?」

「……?」

 コトハは眉をひそめ―――

「何、誰かさがしてんのか?」」

「っきぁあ!?」

 背後からの声に一瞬飛びあがった。

「み…皆さん……」

 コトハはなるべくハルカの顔は見ないように皆の方を向く。ハルカは首を傾けた。

「その人、誰?」

「いえ…それが突然現れて……」

「お、美人♪」

「アホか」

 口笛を吹く楔に冷めたツッコミをいれるセト。「え?もしかしてやきもち?やきもち?」

と騒ぐ楔を彼女は裏拳で黙らせた。

「ラッセル…ワタシ会いたい。どこにいマスか?」

「どこに…って……」

 ハルカはセトに顔を見た。彼女は「僕にふるな」とでもいうように首を振る。それは楔

に関しても同じだった。

「えーっと、オレ達は知らないんだけど……」

「そうデスか……」

 俯く少女にハルカは複雑な気持ちになった。このまま彼女を放っておいて去るのも後味

が悪い。だからといってとどまったら確実に面倒事が待っているだろう。

 でも、いや、しかし―――

 

”ハルカってさ、けっこー世話好きだよな。お人好しっていうかさー。困ってる人は放っ

ておけないタイプだろ?そーいう奴って絶対損するんだよなー”

 

 いつか、友人のクリスが言っていたセリフ。あの時は「違う」と反論したのだが……

「はぁ……」

 それが実は非常に的を射ていたことがわかり、ハルカは溜息をつくしかなかった。

 ――何だかなぁ…。すっげー不本意だけど……。

 性格はそう簡単に変えられないだろう。

「その…とりあえず話だけでもきかせてもらえる?もしかしたら協力できるかもしれない

し」


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