る場所


 街の入り口でセトは後ろを振り返った。朝の日差しが色々な場所に反射し、街を輝かせ

ている。

「楔さん…ですか?」

「え!?ああ……うん、まぁね」

 セトは苦笑する。

 ――大丈夫かな。あいつ。

 ちゃんと笑えているだろうか?

 少しは……自分を見せられるようになっただろうか?

 …なっていたのなら、少しはセトの言葉が救いになったということだろう。

 ――大丈夫……だよね。根性はありそうだったし。

 セトはうなずくと、草の匂いがする空気を胸一杯に吸い込んだ。

 そして踵を―――

「お〜いっ、ちょっと待ってよ〜っ!」

 返しかけたところで呼び止められる。

「はぁ!?」

「ふえ?」

 これにはハルカとコトハも驚いたのか、同時に間の抜けた声をあげた。

 息を切らして走ってくる少年。頭にまかれた布がひらひらと舞っている。

 彼はセトの前まで来ると、膝に手を乗せてゼエゼエと肩で息をした。

「良かったぁ……。ギリギリ間に合ったね」

「楔……。お前、どうして?」

 口をパクパクさせたまま何も言えないでいるセトに代わって、ハルカが問いかける。楔

はにへらっと緩いことこの上ない笑顔を見せ、

「男、楔15歳。今日から愛に生きます」

「は?」

「いや…だからさ。俺、マジでセトに惚れちゃったみたいで。ついてっちゃ、だめ?」

「な……っ!?」

 顔を引きつらせるセト。

「セトサマ。マタシンパクスウガタカイ。ドウシテ?」

「きくなっ!!」

 セトはリトの頭を殴りつけると、楔を睨み付けた。

「どーいうつもりだよ?まさか本当にそれだけの理由でついて来たいわけじゃないよ

ね?」

「さあね♪」

 楔は笑顔を崩さない。

 何かを隠している。

 それはセトやハルカの目から見て明白だ。

 明白だが……

「まぁ、いいんじゃない?」

 ハルカはあっさりしていた。

「仲間は多い方がいいよな、コトハ?」

「はいっ。みんな一緒だと楽しいですっ」

「あ〜そう。君はそうでるわけね……」

 セトは肩をすくめる。結局、ハルカはいつも、コトハが一番喜ぶことを選ぶのだ。

 まぁ、”この旅はコトハの為の旅”だからだろうが。

「…楔は仲間と離れてもいいわけ?」

 セトの言葉に楔の笑顔が、どこか憂いを帯びたものに変わった。

「いい……っていうか、大丈夫…かな。もう、あいつらのところが俺の”帰りたい場所”

だってわかったから」

「そう……。それならいいけど」

 そこでやっと、セトは安心したように苦笑する。

「決まりだな」

「楔さん。よろしくお願いしますね」

「うん。あ、セト手、つなご♪」

「……ヤだ」

 四人は朝日の下、歩き出した。

 

「帰ってこないわねぇ……」

「昨日のうちに遺跡ツアーは終わってるはずなんですけど」

「あれじゃないか?罠にはまって抜け出せないでいるとか……」

「ありえそうだから、こえーな……」

 盗賊団”風鳥”。

 朝から彼らの顔は優れなかった。いや、むしろ沈んでいると言ってもいい。

 夕べから寝ていないのか、目元にクマができている。

 原因は―――言うまでもない。

 もう一人の団員だ。

「……どうする?」

「しゃーねぇ。遺跡に行ってみよう」

 ヒドリは立ちあがり、部屋のドアを開けた。そして気づく。

 ドアの前に置いてある袋と封筒に。

「これって……金?」

「え?」

「なになに?」

 一同はヒドリのまわりに集まった。

「それって……ツアーの賞金じゃないか?」

「きっと楔が置いていったんだわ。そっちの封筒、開けてみてよ」

「あ…ああ」

 封筒には1枚の紙が入っていた。やたら丁寧な字――だがはっきりと楔のものだとわか

る字で、長々と文章が連ねてある。

 四人は食い入るようにしてそれを目で追った。

 

  みんなへ

 

   俺自身のことについて色々と決着をつけに行ってきます。

   しばらくは……戻れないかもしれません。

   だから…

   だからね。

   今まで言えなかったこと、正直に言うよ

 

   俺ね

   本当はバカじゃなかったよ。

   バカでトロいフリをしていただけなんだ。

   本当は運動神経いいし、頭だって……

   生意気言うけど、みんなよりいいと思う。

   それに俺、化け物なんだ。

   信じてもらえないかもしれないけど、体が化け物に変身しちゃうんだよ。

   いつもまいてる布の下には耳だってはえてる。

   化け物……なんだ。

 

   俺は一番大事なこと、みんなに黙ってた。

   みんなを騙してた。

   本当に

   本当に

   ごめんなさい。

 

   ごめんなさい

 

   でもね、わかってほしいんだ。

   本当のこと言えなかったのは、みんなのこと嫌いだったからじゃない。

   大好きだからだよ。

   大好きだから、嫌われたくなかったから、嘘ついて、笑って……

   バカだよね、俺

   勇気がなかったんだ。

  

   でも。今度会う時は……

   会う時はさ

   俺、笑うよ。

   本当に笑ってみせるから、だから

 

   「仲間」だって呼んでくれる?

   俺、「そこ」に帰ってもいいのかな?

 

   「そこ」を俺の居場所と呼んでもいいのかな?

 

 

「はは……」

 全文を読み終えて、ヒドリの口からもれたのは笑みだった。

「バカだな、あいつ……。こんなの答えは決まってんのに」

「だって、楔だもん」

「楔だからな」

「楔さんですもの」

 口々に言う、シャロン、ファラオ、メイ―――

 お互いの目を見て笑いあう。

「でもあいつ、帰ってこれんのかしら。あたしら移動するじゃない?」

「大丈夫だろ」

 ヒドリは紙を封筒におさめ、それを高く掲げた。

「何てったって、ここがあいつの”帰る場所”だからな」

 

 こわかったんだ。

 本当の自分を見せることで失ってしまうのが。

 こわくてこわくて

 自分を―――みんなを騙し続けた。

 そしてそのうちに、身動きがとれなくなっていたんだ。

 

 でも、何だ

 少し顔を上げてみれば気づくこと

 

 失うものなんて何もなかったんだね


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