の涙


 何だか妙に心地が良かった。ベッドの上でまどろんでいるような、そんな感じだ。

「あ、目、覚めた?」

「ん……?」

 楔の声だ。

 いや、それよりもこの頬にあたっているフサフサしたものは何だろう?

 銀色の……

「うわぁぁぁぁあっ!?」

 セトはがばっと上半身を起こした。

 今、自分は何にまたがっている?

「……もしかして、楔?」

「うん、ごめん。びっくりさせて……」

「うへ〜……」

 セトは今の彼の背中にあたる場所を撫でた。細く柔らかな毛が手をくすぐる。

「……セト、怖くないの?」

「へ?何で?すごいじゃん。かっこいーって。それに、君が壁を砕いてくれたんだろ?」

 今、楔は前へ歩を進めている。あそこを脱出できたということだ。

「ありがと」

「セト……」

 セトはそれ以上何もきいてこない。

 何故こんな姿になるのか?

 何者なのか?

 きかないし、今まで通りに接してくれている。

 その優しさが楔にはたまらなく嬉しかった。

「何か俺、セトに惚れちゃったかも」

「な…何バカなこと言ってんだ!」

「へへへ…」

 鼓動が速くなる。

 元の体に戻る前兆だ。

 ―――タイミング悪いなぁ……

 今、元に戻ったら―――

「うわっ!?」

 急に銀の背中が消え、セトは前にのけぞった。

 なすすべなく人の姿に戻った楔を下敷きにする。

「あたた……。急に戻るなよな……って、げ」

 セトは楔の上から飛び退き、自分の荷物に手を突っ込んだ。

 楔は―まぁ、よく考えれば当然のことで―ほとんど何も身にまとわぬ状態だったのだ。

 かろうじてズボンが膝上の辺りまで残っている程度か。

 セトは大きめのTシャツを取り出し、いつのまにかあぐらをかいて俯いている楔にかぶ

せてやる。

「ほら、ちゃんと腕通して。風邪ひくぞ」

「……」

「楔?」

 様子がおかしい。

「……泣いてんの?」

 ぽつぽつと雫が落ちていく―――

「ごめ……っ、俺……」

 セトは苦笑すると楔の体を両腕で包み込んだ。

「…セト…?」

「何かよくわかんないけど泣くなら泣きなよ。特別に僕の胸貸すからさ」

「……」

 あたたかいと楔は思った。

 こんな気持ちは初めてだ。

「う……」

 溢れ出した涙は当分の間止まりそうにはなかった。


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