顔の仮面


「楔は何でこれに参加しようと思ったんだ?しかも一人で」

 石の床を歩きながら、ハルカが問いかけた。楔はへらっと笑う。

「いや〜ちょっとトチっちゃってさ。俺、バカだから仲間のお金駄目にしちゃったんだ」

「仲間って、何の?」

「え……っ」

 しまったと口をつぐむ楔。盗賊団なんて言えるわけがない。

「ちょ……ちょっとね。一緒に旅してる奴らがいて……」

「どんな人達ですか?」

 楔の顔を仰ぎつつ、コトハが尋ねる。

「どんな人達ですか?ききたいです」

「どんなって……」

 楔は不思議なことを訊く娘だなと思った。それに彼女の瞳は驚くほど真っ直ぐだ。

「そりゃもう、超がつくくらいお人よしで優しい奴らだよ。俺といるのがもったいないく

らい」

 初めて自分から飛び込んでいった相手。

 手を握った相手。

 嘘の自分だけれど受け入れてくれた人達。

 安心できる場所。

「でもねでもね、皆ひどいんだよ。俺のこと”バカ、バカ”言って蹴ったり、はたいたり、

間接技きめたりさぁ。ま、実際バカだからしょうがないんだけど」

「ふぇ〜大変なんですねぇ」

「そう!大変なんだよ!!だいたいさぁ―――」

 何やら盛り上がるコトハと楔を見て、ハルカはふうと息を漏らした。

「何か、変な奴」

「確かに。無理やりテンション上げてるような感じだね。それに……」

 セトはほんの少し視線を落とし、ハルカに合わせる。

「ちょっとだけ、君に似てるかも」

「……?」

 顔をしかめるハルカ。

「似てる?どこが?」

「ん〜、何となく……ね」

「そうかぁ?」

 ハルカは改めて楔の顔を見た。

 ほんの少し不自然な笑顔。あれは他人から一歩距離を置いている者の顔だ。

 そう言われてみれば……似ているのかもしれない。

 人と自然体で接することができない。

 彼も……そうなのか?

「楔……か」

「うっわ。何だこれ」

 ふいに前を歩く楔とコトハが立ち止まった。

「どうしたの?」

「ははははは……。どうしよっか、これ?」

「凄いです……」

 そこは円形の広間になっていた。壁一面にいくつもの穴がある。

「道が全部で1、10、20……っていくつあるんだ?」

「どうします?」

「とりあえず……分かれるか」

 参加登録は四人だが、その後は状況によって分かれてもいいらしい。

 一人ずつだとさすがに危ないので、ハルカ達はハルカとコトハ、セトと楔とリトの二手

に分かれることにした。

 

 静寂の中、こつんこつんと足音だけが響く。

「二人だけになっちゃいましたね」

「ああ。みんな別の道に行ったんだな」

「この道は奥に続いているんでしょうか……」

「さぁなぁ……」

「……」

 会話が途切れた。

 こつん、こつん、こつん……

 静けさに耐えられなくなり、コトハは話題を探し始める。

「え〜っと……」

「あいつ―――」

「え?」

「あの楔ってやつ、どう思う?」

 かなり唐突な問いかけ。だが、ハルカの瞳は真剣だ。

 コトハは素直に思ったことを口にしようと思った。

「面白い方だと思います。でも……何だか不思議な方です」

「不思議?」

「笑ってるんですけど、どこか寂しそうというか、何というか……。

少し無理しているような気がするんです」

「……」

 どうやら彼女もハルカと同じことを感じていたらしい。

「どうして、無理なんてするんでしょう?」

 素直になればいいのに。

 ”自分”をさらけだせばいいだけなのに。

 何故?

 そんなの……答えは―――

「ハルカさんならわかるんじゃないですか?」

「え?」

「だって、ハルカさんも無理してます」

「っ」

 心臓が大きな音をたてた。

 ハルカはどんどん速くなる鼓動を何とか抑えようとする。

――何で、こいつって……

 こう、鋭いのだろう。

 人の心が読めるのではないかと疑うほどだ。

「お……オレは別に……」

 

 こつん……

 

「?」

 一瞬にして、ハルカの表情が引き締まった。

「ハルカさん?」

「静かに」

 小声でコトハを制する。

 聞こえる。

 何の音だ?

―――足音……?

 それも普通の足音ではない。

 人間ではなく、獣が歩いているような―――

「あ…あの……ハルカさん、あれ……」

「ああ……」

 ごくりと唾を飲む。

 ハルカ達の前方10mくらいの場所には、鋭い牙を覗かせた四本足の獣の姿があった。


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