の夢、彼の夢


 突然の出来事にコトハは声をあげることすらできなかった。

 両手を押さえられていて、身動きすることもできない。

 のしかかってくる体重は思ったよりもずっと重かった。

「お願いだ。協力してくれ」

 真上にあるセタの顔が言う。

「協……力?」

「君みたいな人形は今の時代珍しい。体の構造を調べさせてもらいたいんだ。

 セトの夢のために。」

「”ユメ”……のため?」

 コトハは大きな瞳を見開いた。

 ユメ。

 夢のため?

 

 ”僕がじーちゃんの後を継ぎたいんだ。

  じーちゃんが愛した人形を、この先もずっとずっとまもっていきたいんだよ”

 

「私に……何かできるんですか?」

「ああ、できる」

「どうすればいいんですか?」

 セトの夢。

 人形師。

 私が何かすれば、ルリは動いてくれる?

「なあに、簡単なことだ。少し解体させてもらえればいい」

「解……。」

 

 ドクン……っ

 

 胸の奥が熱くなった。

 心臓など存在しないはずなのに、ドキドキする。

「……だめ……」

 唇が震えた。

「だめ…です。それだけは、だめですっ」

 何故そう思ったのか。

 それはわからない。

 でも、いけないことだと思った。

「いいだろ。本当にちょっとだから……」

「いや……っ!」

 力をこめ、体全体で抵抗する。

 悲鳴をあげかけた口を、セタの手がふさいだ。

「んんん〜っ」

「頼むからおとなしくしてくれ」

「ん〜!!!」

 コトハはもがいた。

 何とかしてセタの手を振り解こうと思った。

 だが、駄目だ。

 人形だけれど、コトハは非力だった。

 ――どうしよう……っ、このままじゃ……!

胸が痛い。苦しい。苦しい苦しい苦しい。

 何故だか体が震えた。

 この気持ちは何だ?

 こんな気持ち知らない……!

 こんな嫌な気持ちなんて知らない!!!

 この気持ちは―――

「それはこわいって気持ちだよ。コトハ」

「っ!?」

 コトハは、はっと目を見開いた。

 次の瞬間、上に乗っていたセタの体が真横に吹っ飛ぶ。

「ふえ……?」

 コトハは何が起きたのか理解できなかった。

 ただ、今この瞳に映っているのは―――

「覚えとけ、コトハ。こわい時はオレを呼ぶんだぞ」

「ハルカさん……っ!!」

 コトハは立ち上がり、足を多少もつれさせつつも目の前の笑顔に飛び込んだ。

「ハルカさんっ、ハルカさん……っ」

「あ〜はいはい。悪かったな、遅くなって」

 ぽんぽんっとコトハの頭を叩くハルカ。

 コトハは先程までの嫌な気持ちが無くなっているのを感じた。

 安心する。

 ハルカといると安心できる。

「何やってんだよ、兄貴!」

「……セト」

 セトの声にセタは上半身を起こした。

 リトがセトの足下まで行き、右手を上げる。

「セタサマ、コトハ、オシタオシ」

「お客を襲うなんて、最っっっ低だ!!」

「セト。この娘は人形だ!」

「……」

 セトはコトハの方を見た。コトハは気まずそうに視線を下に向ける。だが……

「…そんなの、知ってたよ」

 セトはあっさりとそう言った。

「仮にも僕は人形師だ。一日一緒にいればそれくらい気づくさ」

「だったら何で手を出さない?この娘の体を調べれば、お前の人形に足りないものがわか

 るかもしれないのに……」

 兄の言葉に、セトはふうと嘆息した。

「兄貴が僕のこと考えてくれてるのは嬉しいけどさ。そんなやり方は間違ってるよ。

 僕に足りないものは、僕自身の力で見つけてみせる」

「セトさん……」

 コトハは一瞬だけ、起動していないはずのルリが微笑むのを見たような気がした。

 ――ルリさん、きっとセトさんは大丈夫ですね。

 いつかきっと成し遂げる。

 人形師。夢。どんなに時間はかかったとしても。

「と、いうわけで……」

 足下のリトを抱え上げ、セトはハルカとコトハの前に立つ。

 いたずら小僧のような笑みを浮かべ、

「僕、君達と一緒に行くことにしたから」

「は?」

「ふえ?」

 あまりにも唐突な展開に、二人は(ついでにセタも)しばらくかたまったままだった。

 

「オレは許さんからな。断っっっじて反対だ!」

「兄貴が何て言おうと僕は行くよ。て、ゆーかもう準備もしちゃったし」

 旅に必要と思われるものを詰め込めるだけ詰め込んだナップザックを肩にかけながら

セト。

 傍らのリトにはミニサイズのリュックサックを背負わせてある。

「何かさ、コトハ達と行けばわかるような気がするんだ。今の僕に足りないものが……。

 だから、行かせて。兄貴」

「〜!」

 セタは口をぱくぱくさせる。

 怒り、悲しみ、最後には何とも言えない困り顔になっていた。

 一度肩を落とした後、おそろしい形相でハルカを睨みつける。

「おい、そこの少年」

「え…?あ、はい?」

「セトに手でもだしてみろ。ただじゃおかないからな」

「……?」

 ハルカは眉をひそめた。

「手をだすもなにも男じゃ……」

「セトリア・カーレット」

「え?」

 人差し指をぴっと立て、セトがにこにこと笑っている。

「セトリア・カーレット。僕のフルネームだよ。覚えておいてね」

「セト……リア?」

 一瞬考え込むハルカ。

 セトリア。

 男には普通つけない名だ。と、いうよりあり得ない名だ。

 つまり彼は―――

「なあああっ!?」

「ははは〜。そんじゃ出発しよっか〜」

「ガウ〜」

 ハルカは頭を押さえる。妙な人間が同行することになってしまった。

「何だかなぁ……」

「ハルカさん、ハルカさん」

「ん?」

 コトハに引っ張られ、ハルカは目線を下に落とした。

「”夢”って、何ですか?」

「夢ぇ?」

 顔をしかめる。

 これは難しい質問だ。

「そうだなぁ……。どんなに辛くても苦しくても何度転んでも……追いかけていたいって、

 実現させたいって思えるもの……かな」

「実現させたいもの……」

「コトハにもあるだろ。ちゃんと夢がさ」

「私の……?」

 私の夢。

 辛くたって、苦しくたって、くだらないって言われたって

 追いかけていたいもの

 実現させたいもの

 絶対あきらめたくないもの

 

 人間になること

 

 ――私にも夢はある。

 そう思うと意味もなく嬉しくなった。

「ハルカさんにも夢ってあるんですか?」

「……」

 ハルカは困ったような笑みを浮かべた。

「あるよ。……絶対、かなわない夢だけど」

「え……?」

「ほら、ぼーっとしてないで、行くぞ」

「あ……はいっ」

 ――今のはどういう意味だったんだろう?

 コトハには理解できなかった。

 絶対に叶えたいものなのに、絶対に叶わない?

 叶わない夢って?

 ただ、ハルカの背中がひどく寂しく見える。

 それだけは確かだった。

 コトハはルリとセタに一礼すると、何となくもやもやした気持ちでハルカの背中を追い

かけた。

 

 夢

 それは誰もが抱くもの

 強く強く願うもの

 皆、夢を見つめながら前へ前へ進んでいく


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