りないものは


「それじゃ、見まわりに行ってくるね。」

 セトが部屋を出ていくのを見届けると、コトハは「ふう」と息をついた。

 ルリの方に視線を移す。

 手足のついた彼女はきちんと起動していた。

 でも……

”駄目だ。また違う。”

 セトからもれた呟き。

 また、失敗したのだ。

――セトさんにたりないもの……。

 いったい何だというのだろう。

 セトに無くて、コトハの製作者やセトの祖父にはあったモノ―――。

「ルリさん…。どうしてなおってくれないんですか?」

 コトハはルリの手を握りしめる。

 その瞬間―――

 

”ごめんなさいね。私はまだ目覚められないの。”

 

「え……っ。」

 コトハは弾かれるようにルリの顔を見た。

 無表情な顔に特に変化は無かったが……

「ルリ……さん?」

 

”あの子が自分にたりないモノに

 人形師としてたりないモノに気づくまでは、目覚められない。”

 

 コトハはその声が自分の頭に直接響いていることに気づく。

 

”ルリさんっ、それってどういう意味ですか?ルリさんっ!!”

 

 必死で心の中で問い掛けてみるが、それ以上ルリの声がすることはなかった。

「ルリさん……。」

 

 玄関のドアが開く音がして、コトハは作業室を飛び出した。

「セトさんっ。ハルカさんは……。」

 セトは静かに首を横に振る。

「え……。」

「森の奥の方まで行っちゃったのかもしれないな…。

 ちょっとマズイかも。」

「まずいって…?」

「いや……。」

 セトは口をつぐんだ。

 本当のことを告げてもいいか迷う。

「モリノオクキケン。マモノデル。」

「リ〜ト〜。」

 あっさり発言するリトの首を、セトは思いきり絞めた。

「イタイ。セトサマ、イタイ。」

「嘘つけっ!お前に痛覚なんてないだろ!」

「セトさん。」

 コトハの声に、ゆっくりとリトから手を離すセト。

 コトハは不安げな瞳で彼を見つめている。

「本当ですか?魔物が出るって……。」

「……。」

 セトは無言。

 それが答えのようなものだった。

 コトハはドアをめがけて走り出す。

「コトハっ!」

 その腕をセトが掴んだ。

「離してくださいっ!ハルカさんが……。」

 自分のせいだ。

 もし、ハルカが危ない目にあっていたりしたら自分のせいだ。

 自分がはぐれたりなんかしたから……

「落ち着くんだ、コトハ。もうだいぶ日も暮れかけてる。

 今、外に出たら君も迷うだけだ。」

「でも……。」

「明日になったら僕がさがしにいくから。いいね?」

「…………はい。」

 コトハはしぶしぶうなずいた。

 彼女の胸の奥では、今まで感じたことのないような不安が渦巻いていた。

 

 作業室の椅子に座って、セトの帰りを待つ。

 昨日の夜はさっぱり眠ることができなかった。

 まぁ、人形なのだからわざわざ睡眠をとらなくても、大して支障はないのだが。

「ハルカさん……。」

 膝に乗せたリトをぎゅっと抱きしめ、コトハはつぶやいた。

「ルリさん。私、どうしたらいいですか…。

 ハルカさんに何かあったら私……。」

 ルリの宝石のような瞳はどこか遠くの方を映している。

 起動していないのだ。

 コトハは深い溜息をついた。

「あれ……?君……。」

「え…?」

 はっとして、コトハは顔を上げた。

 いつのまにか、部屋に長身の男が入ってきている。

 男はしばらくぼけ〜っとしていたが、やがてぽんっと手を打ち、

「もしかして、昨日セトが言ってたコトハって人?」

「あ、はい。お邪魔してます。」

 コトハは立ち上がり、ぺこっと頭を下げた。

 おそらくこの人物がセトの兄なのだろう。

 何となくだが、顔立ちが似ている。

「へぇ〜、そっか。セトが喜んでたよ。人形に詳しいんだって?」

「いえ…そんな……。」

「ガウ〜。」

 リトがセトの足の服のすそを引っ張った。

「ん?」

「セタサマニホーコク。リト、アタラシイナカマデキタ。」

「何だ、セトのやつ新しい人形でも完成させたのか?」

 セト兄――セタというらしい――の問いに、首を横に振るリト。

「コトハ、ナカマ。コトハ、リトノナカマ。」

「あ……。」

 コトハはドキッとする。

 リトにはわかるのだ。

 コトハが自分と同じ人形だということが。

「仲間……?」

 眉をひそめ、コトハを見るセタ。

――ど、どうしよう……。

 コトハはあせった。

 誤魔化す言葉が見つからない。

 でも……

――大丈夫だよね。セトさんのお兄さんなら……。

 そう自分に言いきかせると、コトハは口を開いた。

 

 セトはぽかんとしていた。

 目の前に広がる光景を受け止めることができなかった。

 ハルカらしき人物は見つかったのだ。

 そう、見つかったのだが……

「これ……君が全部……?」

「あ〜え〜っと。

 突然襲ってきたもんだから、反射でつい……。

 殺しちゃいないと思うけど。」

 彼らのまわりには数体の魔物が横たわっていた。

 たいした外傷はないので、ハルカの言うように気絶しているだけなのだろう。

 しかし、セトはぞっとする。

――いったい、どうやって?

 これだけの魔物を一人で、しかも無傷で倒すなど不可能だ。

 不可能なはずだ。

「それより、あんた。」

「あ……何?」

 思わず、ぴんと背筋を伸ばすセト。

「この辺で女の子見かけなかった?

 すっげーぼ〜っとした子なんだけどさ。」

「え…っと。コトハのこと?」

「な……っ。」

「わぁっ!?」

 急にハルカに肩を掴まれ、セトは悲鳴をあげる。

 心臓が飛び出るかと思った。

「知ってるのかっ!?どこにいたんだ!?」

 ハルカの険しい形相に、セトは原因のわからない恐怖を覚えた。

「ぼ……僕の家にいるよ。」

「本当に?」

「う…うん。」

 それをきいて、ハルカの表情がいっきに緩む。

「よ……。」

「え?」

「よかったぁ〜……。」

 電池のきれた玩具か何かのように、ハルカはその場にへなへなと崩れ落ちた。

「…何だ…そっか。無事か……よかった…。」

 「へへっ」と笑うハルカ。

 よほどコトハのことを心配していたのだろう。

 徹夜でさがしていたのか、彼の目元にはわずかにクマができている。

――何だ、すっごくいい人じゃん。

 セトの胸のうちから、先ほどまでの恐怖がひいていった。

「僕はセト。これからコトハのところへ案内するよ。」

 そう言って、セトはハルカに右手を差し出した。


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