つも夢見ていること


 セトの自室はお世辞にも綺麗に片づいている部屋だとは言えなかった。

 部屋を囲むようにして立っている本箱には、大量の本が乱雑に収められていたし、

床には何やらかきこんである大きな紙が何枚も落ちている。

 その上に横たわるのは数体のぬいぐるみや人形の手足のパーツ――

「ここは……?」

「僕の作業室。」

 セトは短く答えると、中央にある机の前に立つ。

 作業台らしきその机には、手足のない人の形をした人形が置いてあった。

 まわりにはペンチやハサミ、赤や緑のコードが散らばっている。

 コトハは妙な気持ちになった。

 自分もきっと、最初はこんな姿だったのだ.

「あの…セトさ―――」

「僕ねぇ、人形師になるのが夢なんだ。」

 赤いコードを手に取りながら、セトは言う。

「でもね、皆は認めてくれなかったんだ。

 人形師なんて今の時代、ほとんど存在しない。

 両親までそんなの夢物語だなんて言っちゃってさ。

 何かくやしくなって、家飛び出してやった。」

 セトはその時のことを思い出すかのように目を細めた。

「”ゆめ”……。」

 コトハは口の中で繰り返す。

「で、やっとこさできあがったのが、このリトってわけ。」

 ひょいっとくまのぬいぐるみを上げてみせるセト。

 コトハは首を横に傾けた。

「もしかして…その子、セトさんが造ったんですか?」

「うん。まぁ。」

「すごいですっ。」

 急に大きな声を出すコトハに、セトは一瞬びくっと震える。

 コトハは尊敬の眼差しでセトを見ていた。

「こんな人形を造れるなんて、セトさんすごいです。」

「別に……。」

 セトは視線をそらした。

「こんなの全然たいしたことないんだよ。

 こいつなんて初めからインプットされてることしか話せないし、それ以外はみんな”ガ

ウ〜”ですませちゃうし…。

 ほんと、こんなのじーちゃんの人形に比べたら全然……。」

「おじいさん?」

「うん。僕のじーちゃんも人形師だったんだ。」

 にこっと笑うとセトはリトを作業台の上に置く。

 リトは「ガウー?」と首を傾げた。

「人形師なんて何年も前に消えた職業なんだけど、じーちゃんの――僕らの先祖はその伝

統的な技術を大切にまもってきたんだ。

 じーちゃんの造る人形は本当に凄いものだったよ。

 ちゃんと自分の意志で動いたり話したりするんだ。

 普通の人間と何ら変わりはない。

 昔の人形はそれが当たり前だったんだって。

 僕はそんな人形を造れる人形師に――じーちゃんにずっと憧れてたんだ。」

 話しているうちにセトの瞳は輝き、紡ぐ言葉には熱が入っていった。

 よほど強い憧れなのだろう。

 コトハはクスクスと笑う。

「あ……。ごめん。勝手にベラベラつまらない話しちゃって……。」

「いえ…。素敵だと思います。」

 妙に嬉しい。

 自分を造った人形師も彼のような人形師だったのだろうか。

 はっきりと覚えてはいないのだけれど。

 セトは嬉しそうに微笑む。

「ありがと。そんなこと言ってくれたの君が初めてだよ。

 じーちゃんの息子である父さんですら”くだらない”って。

 だから僕がじーちゃんのあとを継ぎたいんだ。

 じーちゃんが愛した人形を、この先もずっとずっとまもっていきたいんだよ。」

「ユメ。ソレガユメ。セトサマノユメ。」

 口を開いたリトが何度も何度も繰り返した。

 コトハはそんなリトを抱き上げる。

「ガウー?」

「”ゆめ”……ですか。」

 自分にはよく分からない言葉だ。

 でもそれがあたたかいモノだということはわかる。

 人間にとって、とても大切なモノだということは。

「あの…私にできることはありませんか?

 人形の知識なら少しはあるので、お手伝いできると思うのですが……。」

「本当?人形の知識があるって……。」

「はい。」

 自分の体のことだ。

 それなりには理解しているつもりである。

「あ。でも、君の連れをさがすのが先じゃ……。」

「あ……。」

 そう言われてみればそうだ。

 今頃自分のことをさがしているだろう。

 けれど、手伝いたい。

 この人の夢の手助けをしたい。

 もう少しだけ、ここにいたい。

――ごめんなさい、ハルカさん。ちょっとだけわがままさせてくださいね。

「大丈夫です。ハルカさんのことなら。」

 何が大丈夫なのか自分でもわからなかったが、コトハはセトの手を握りしめた。

「少しだけでいいんです。お手伝いさせてください。」

 ここまで真剣な目をされたら、セトの方も折れないわけにはいかなかった。

 小さく頷く。

「わかった。ただし、次の見まわりの時間までだからね。」

「はいっ。」

「ガウー。」

 コトハの返事に反応して、リトが両手を上げた。

「それで、今はどんな人形を造ってるんですか?」

「ま、見ての通りだよ。」

 コトハは作業台の方に目を移した。

 手足のない人形。

 流れるような長い黒髪と瑠璃色の瞳だけが、意思を持っているかのように光っている。

「造ってるっていうよりは、なおしてるんだけどね。」

「なおしてる」

「うん。」

 セトは優しく人形の髪を撫でた。

「ルリっていってね。いつもじーちゃんの隣にいた人形なんだ。

 僕も昔よく一緒に遊んでもらったりしてて大好きな人形だったんだけど…。

 三年前、じーちゃんが死んだ日に一緒に動かなくなっちゃってさ。」

「コンカイ、ヨンドメ。サンカイ、シッパイ。」

「リト、うるさい。」

 リトの頭にチョップをくらわすセト。

 リトは「ガウー」と言って、今までずっと上げていた手を下げた。

「失敗してるんですか?」

「うう……、まぁ。恥ずかしい話なんだけど……。」

 セトはほおをかく。

「なおし方はわかるんだ。じーちゃんの設計図通りにやればちゃんと動くんだよ。

 でも……。」

 セトの目線の先には束になった紙がある。

 設計図らしいその紙には、古い書き込みの上に新しい書き込みが沢山してあった。

 セトの努力の跡だろう。

「何かが違うんだ。前のルリと何かが……。

 人間味が感じられないっていうか…。

 僕には…何が足りないんだろう……。」

 設計図通りに組み立てるだけでは駄目なのだろうか。

 祖父は他に何を……

「とりあえず、もう一度組み立ててみましょう。

 もしかしたら今度は動くかもしれません。」

「うん……。」

 セトはあまり覇気のない声で答えた。


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