カストリアの町を出てから3日。
ハルカは思い切り深呼吸をしていた。
木々のざわめきと、小鳥たちのさえずり。
吸い込んだ空気は独特な緑の臭いでいっぱいだ。
素晴らしく気持ちがいい。
「て、現実逃避してる場合じゃないし。」
今度は溜息をもらす。
「あいつ…マジでどこに行ったんだ……?」
ハルカの横。
そこには本来いるはずの少女の姿はなかった。
自分がどこを歩いているのかなんて、まったく見当もつかない。
彼がどこにいるのかも。
「ハルカさん……。」
はぐれてからどのくらいたったのだろう。
自分が悪いのだ。
花などに見とれていたから。
ハルカが歩いていってしまうのに気づけなかった。
――私、また独りぼっち?
急に不安になり、立ち止まる。
このままハルカと合流できなかったら、どうなる?
自分は旅を続けられるだろうか?
コトハは胸を押さえた。
「ど…どうしよう……。」
「あのさぁ……。」
「ふぇ…?」
どこからか聞こえた声に、辺りを見まわすコトハ。
「こっちだよ、こっち。」
声がした方に焦点を合わせる。
「さっきからうろうろしてるけど……何してんの?」
怪訝そうな顔で問いかけたきたのは、整った顔立ちをした人間だった。
椅子に座り、コトハは不思議そうに部屋の中を眺めていた。
ひどく懐かしい感じがするのは何故だろう。
木の香りが鼻をくすぐる。
――そっか。ご主人様の家に似てるんだ。
森の中にぽつりと建っているところも。
建物や家具が全て木造なところも。
「待ってて。今、お茶……。」
「あ、いいです。私、飲めませんので……。」
水分など体の中に入れたら、どうなるか分からない。
昔、好奇心で一度やってみたことがあるのだが、その時は体が動かなくなった。
すぐさま直してもらい、何度も何度も謝ったのを覚えている。
この家の住人――まだ名前がわからない――は顔をしかめた。
「何で?猫舌ならぬるくするけど……。」
「あ、そうではなくて、私、人……。」
そこまで行言って口をつぐむ。
”いいか、コトハ。絶っっっ対、自分が人形だなんて言うんじゃねーぞ。”
「あ、え〜っと…。」
「ま、いーけどね。」
住人はそれ以上は問わずに、コトハの向かいの椅子に座った。
――助かった……。
コトハは胸をなでおろす。
「僕、セトっていうんだ。とりあえずよろしくね。」
「あ、私はコトハです。よろしくお願いします。」
頭を下げてから、コトハはセトの顔をまじまじと見つめた。
短く切りそろえた茶色の髪。
端整な白い顔は、まるでエメラルドを両目に埋め込んだ人形のようだった。
女性か男性かはっきりしない。
中性的という言葉がぴったりくる。
それでも話し方で、コトハはセトを男だと判断した。
「何?僕の顔に何かついてる?」
「いえ……その、綺麗な方だなと思って……。」
正直な感想を述べるコトハに、セトはくすくすと笑う。
「僕は君の方が綺麗な顔してると思うけど。」
「そんなことないです。」
自分の顔が綺麗なのは”つくりもの”だからだ。
いくらでも綺麗にできる。
「それでさ、コトハ。人とはぐれたって言ってたけど、どんな人?」
ようやくセトが本題をきりだす。
「えっと……。セトさんより少し背が低いくらいの男の子です。
茶髪で、紫色の瞳をしています。
名前はハルカ・リードさん。」
「ハルカ…ね。わかった。見まわりの時さがしてみるよ。」
笑顔でうなずくセト。
「見まわり……ですか?」
「うん。この森って広くて迷いやすいからさ。
人が迷い込んでいないか、一日に三回見まわりに行くんだ。」
「そうなんですか…。」
先ほどコトハの前に現れたのも見まわりの途中だったのだろう。
コトハは上目づかいでセトを仰ぐ。
「ん?」
「あの…一人で住んでるんですか?」
「ううん。兄貴と二人。今は自分の部屋で寝てるみたいだけどね。」
セトは苦笑しながら「ほんと、駄目な兄貴なんだ」と付け足した。
「どうしてこんな森の中に?」
この質問には、セトは少し困ったような顔をして見せた。
きいてはいけないことだっただろうか。
一度主人――エルクにもきいてみたことがある。
何故、こんな森の中に一人でいるのか。
そうしたら彼は苦笑混じりに、こう答えたのだ。
”僕は変わり者だからね。”
コトハにはよく理解できなかったのだが……
「ちょっとね…。僕、変わり者だから。」
「え…。」
エルクとまったく同じ答えに、コトハは目を見開いた。
「あの…。”変わり者”だと何かいけないんでしょうか?
他の人達と暮らしちゃいけないんですか?」
「う〜ん…。その変わり具合によるけど、僕の場合は……。」
ふいにズボンを引っ張られ、セトは口を閉じた。
足下に視線を移す。
コトハも身を乗り出し、セトの目線の先を覗き込んだ。
「セトサマ、オチャ。セトサマ、オチャ。」
やたら機械的な声が響き渡る。
そこにいたのは、人間の膝下くらいまでの高さがあるクマのぬいぐるみだった。
カップが二つのった盆を抱えている。
「セトサマ、オチャ。」
「リト、もうお茶はいいんだよ。」
「イイ?」
「そう、しかも遅すぎ。」
「ガウー?」
「いや、ガウーじゃなくて……。」
セトとぬいぐるみ――リト?――のやりとりに目を丸くするコトハ。
「セトさん、それは……。」
「ああ、これが僕がここにいる理由だよ。」
セトはリトの頭をなでながら言う。
「理由……ですか?」
「うん。」
セトはリトから盆を受け取ると、テーブルの上に置いた。
リトを持ち上げ、立つ。
「ついてきて。面白いもの見せてあげるよ。」
BACK