祭りをはじめましょう


 見せたいモノ。

 それが何なのかを知り、ハルカは呆然とした。

「何ですか、これ?地面が盛り上がってます…。」

「…墓……じゃないかな。」

 膝下くらいまでの高さの小さな山が全部で9つ。

 月明かりでははっきりと確認することはできないが、その山にはそれぞれ違う種類の花

が添えられていた。

「…今までの生け贄達なんだってさ。」

「は……?」

 今までの……だと?

 いったい何の為に?

――だって、生け贄だろ。

 墓など造る必要がどこにあるのだろうか?

――いや、ちょっと待てよ。5,60年ってちょうど……。

 ハルカの中で何かがつながりかけて―――

「…だって、僕は独りぼっちだったから。」

「っ?」

 ハルカははっとし、横を向いた。

 いつの間にか一人の少年が彼の隣に立っている。

 ハルカよりわずかに背が低く、顔もまだ幼い。

――…竜神?

 月よりも美しく光る金の髪が夜風に揺れ、緑色の双眸はどこか遠くの方を見ている。

「僕は物心ついた時からこの山の中で独りぼっちだった。

 そのうち…独りでいるのに耐えられなくなったんだ。

 すごく苦しくて……誰でもいい。誰でもいいから僕のそばにいてほしかったんだ。」

「お前……。」

 なるほど。

 これで納得がいった。

 彼は食らうためではなく、殺すためでもなく、ただそばに置いておくために生け贄を欲

したのだ。

 それなら5,60年という半端な間隔も説明できる。

 16歳ほどの人間が死を迎えるのは、だいたい5,60年後だ。

「竜神さん…。」

 コトハがそっと竜神の手を握りしめる。

「私、その気持ち知ってます。」

「え…?」

「”寂しい”気持ちだって、ハルカさんが教えてくれました。

 胸のどこかに穴が空いているような、そんな気持ち……。

 竜神さんはその穴を埋めたかったんですね。」

「う……。」

 うつむく竜神。

 彼の真下の地面に、ぽつぽつと雫が落ちる。

「寂し…かったんだ。僕、ずっとずっと寂しかったんだ……。」

「…。」

 ハルカはふうと息をついた。

 竜神の真正面に立ち、彼の額を指で弾く。

「って!?何すんだよっ!」

「お前、バカ。」

「な…っ。」

 竜神は潤んだ瞳を大きく開き、絶句した。

「寂しいからそばにいてほしい?何だよ、その甘い考えは。

 寂しいなら誰かのそばに行けばいーだろ。

 自分から突っ込んでけばいーじゃないか。」

「え……。」

「そーですよ。一緒にお祭り、行きましょう?」

「お祭り……?」

 瞬きをする竜神。

 コトハはにこっと笑い、胸を張る。

「はいっ。すごく”楽しい”ことだそうですよ。」

「でも、僕……。」

 とまどう竜神の前に一本の手が差し伸べられた。

「大丈夫だよ。あんたみたいな竜神だったら、町の奴らも歓迎してくれるさ。」

「……。」

 竜神はフィズの手を無言で見つめる。

「行こう?え〜っと……。」

「……。」

 応えていいのだろうか?

 この手を握ってしまってもかまわない?

 顔を上げるとフィズの笑顔があった。

 長い間、忘れていたような気がする。

 このあたたかい”笑顔”というものを。

「……シュ。」

「え?」

「僕、アッシュっていうんだ。」

 アッシュはフィズの手を強く握りしめた。

 

 祭ばやしの笛や太鼓の音色が、心地よく耳に入る。

 人々の笑い声―――

「やっぱ祭りはこうでなくっちゃな。」

 金魚すくいに夢中になっているコトハとアッシュを見つつ、ハルカはつぶやいた。

 はじめアッシュの登場に驚いていた町人達だが、今ではすっかりうち解けてしまってい

る。

 祭りの日くらい、いつもと違うことがおこってもいいだろう。

「ハルカくん、ありがとね。」

「え?」

 ハルカは不思議そうに隣に立つフィズを見た。

「ハルカくんがあいつに活をいれてくれたおかげで、何だか丸くおさまったよ。

 ありがとう。」

「べ…別にオレは適当にかっこいいこと言ってみただけですよ。」

「そうかな。あたしには凄く感情が入ってるように聞こえたけど?」

「それは……。」

 ハルカは言葉を詰まらせる。

 感情が入る。

 当たり前だ。

 自分もアッシュと同じ。

 独りぼっちで寂しくて

 それでも自分から突っ込んでいくことがなかなかできなかった人間なのだから。

「ま、いーけどね。

 さ〜て、あたしもいっちょ金魚でもすくってやるか!」

 フィズが腕まくりをして、コトハとアッシュの間に割って入る。

「ハルカさんっ。ハルカさんも金魚すくいやりましょうっ。」

 コトハの元気すぎる声にハルカは苦笑した。

 一瞬沈んだ気持ちもすぐに吹っ飛ぶ。

「っしゃ!オレの金魚すくいの腕を見て、驚くなよっ。」

 コトハが笑い、フィズが笑い、アッシュが笑い、ハルカも笑う。

 その日、祭りは夜中まで続いた。

 

 ずっと寂しかった。

 ずっとずっと寂しかった。

 でも今は寂しさなんて感じない。

 それよりもずっとずっと楽しいんだ―――。


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