っとそばに


 日が完全に沈み、あたりに星があらわれはじめる。

 透き通った空気の中で、幾千もの星屑が光をはなっていた。

 祭りの喧噪が先ほどと変わりなく聞こえてくる。

 それでも先ほどまでと違うのは―――

「何でこんなすみの方にいるんでしょう?」

「他の人間にばれたくないんだろ。」

 草むらに身を潜め、ハルカ達はフィズの様子をうかがっていた。

 町の外れ。

 祭りの灯りはかなり遠くに見える。

 おそらくこの儀式のことはごく一部の人間にしか知らされていないのだろう。

 町の中心者と

 フィズの家族と。

――だから汚いんだ。人間は。

 明日になればまた、何事もなかったかのように時が流れていくのだ。

 大多数の人間が、一人の少女が消えたことにも気づかずに。

「…何だか、フィズさんきれいですね。」

「……。」

 数人の人々―多分町長やフィズの家族だ―に囲まれているフィズの顔は雪のように白い。

 身にまとう服も真っ白だった。

――死に化粧に死に装束ね……。気分悪い。

 この町の住人はどこまで残酷なのだろう。

 自分が生きていけるのなら、まだ成人もしていない少女にまで”死”を宣告できる。

 自分以外の生き物にはどこまでも冷たい生き物―――

「あ、はじまるみたいですよ。」

 コトハの言葉にハルカは姿勢を正した。

 見極めなくてはならない。

 彼女がどこに連れていかれるのか。

 フィズはどこからか鈴を取りだし、目の前に掲げた。

 

 チリン……っ

 

 かすかに耳に届く鈴の音。

 その瞬間、ハルカは自分の前髪が浮き上がるのを感じた。

――風……?

 妙に優しく暖かい風だった。

「ハルカさんっ!フィズさんが!」

「な……っ。」

 ハルカは思わず立ち上がっていた。

 フィズが……いない!?

 慌てて気の流れを探る。

 今、風が流れていったのは……

「山の頂上だっ!」

 ハルカはコトハの手を掴み、走り出した。

 

 山の中をかけながら、ハルカは思考を巡らせていた。

 比較的斜面は緩く、登りやすい。

――竜神の目的って、いったい何なんだ?

 それがイマイチよくわからない。

 5,60年に一度という間隔の長さと、規則性のなさがどうも頭に引っかかるのだ。

 単に生け贄にした人間を食うとか、そういうことではないような気がする。

 では、何のために?

 何を求めて竜神は……

「ハルカさん、頂上ですっ。」

 コトハの声にハルカは思考をいったん止め、足にブレーキをかけた。

 2,3歩前に踏み出し、止まる。

 頂上―――

 そこには何もなかった。

 来る途中、大量にあった木も一本もない。

 まるで円盤の飛行物体か何かが着陸した後のようだ。

「フィズさんは……?」

”……何?君達何しに来たの?”

「ひゃあっ!?」

 びくっと跳ね上がり、ハルカにしがみつくコトハ。

「い……今の声って…。」

 透き通るような高い少年の声だった。

 辺りを見まわしても、それらしき影はない。

 おそらくどこからか声だけを飛ばしているのだろう。

「竜神……か?」

”そーだよ。君達は何なの?”

 流れるような口調で竜神。

「オレ達はフィズさんをかえしてもらいにきたんだ。」

 ハルカは空を睨みつけながら言う。

 しかし返ってきたのはバカにしたような笑い声だった。

”何それ。本気で言ってんの?かえすわけないじゃん。彼女はもう僕のものなんだから。”

「そんなの誰が決めたんだよ。」

”僕さ。”

「ふざけるなっ!!」

 ハルカは声を張り上げた。

 竜神の笑い声がぴたりと止まる。

「何勝手なこと言ってんだよ。フィズさんの気持ちは無視か?」

「そーですよっ。フィズさんをかえしてください!」

”な……んだよ。”

 聞こえてきた竜神の声は少しばかり震えていた。

”僕にはむかう気?邪魔しないでよっ。

 彼女は僕のそばにいるんだ。

 ずっとずっとそばにいるんだ!!!”

 

 ぶわ……っ

 

 と、いう音が耳のすぐそばで聞こえた。

「うわっ!?」

「きゃあっ。」

 迫り来る突風に立っていられなくなり、ハルカとコトハは地にふせる。

「……っくしょっ。そっちがその気なら……っ!!」

 ハルカは右手を前に突き出した。

 神経を集中させ、頭の中でイメージを描く。

「吹……」

「ハルカくんっコトハちゃん!」

「え……?」

 ハルカは右手をおろし、顔を横に向けた。

 それと同時に風もやむ。

「……フィズさん?」

「フィズさんっ!」

 コトハが素早く立ち上がり、現れた少女の体に飛びついた。

「あのねぇ、子供じゃないんだから駄々こねるようなマネするんじゃないの!」

”……。”

 竜神が黙り込むのを確認すると、フィズはハルカの方に体を向けた。

「ちょっと一緒に来てくれる?あんた達に見せたいモノがあるんだ。」


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