れが運命でも


「まだ食べるんですか?」

 信じられないスピードで減っていく食べ物を見つつ、ハルカは問いかけた。

「当ったり前。まだまだいけるね。」

「化け物か、あんた……。」

 イカ焼き20コ、とうもろこし10本、たこ焼き5パック、焼き鳥15本、りんごあめ

3つ―――。

 ハルカが見ている間だけでもそれくらいは食べている。

 人間技ではない。

 その割には太っているというわけでもないから不思議である。

「……フィズ。」

「え?」

「あたし、フィズ・シャーテっていうの。あんた達は?」

「え〜っと、オレはハルカ・リード。んでもって、こっちがコトハ。」

「よろしく、です。」

 ぺこりと頭を下げるコトハにフィズは目を細めた。

「ハルカとコトハね……。うん、覚えとく。」

「……?」

 眉をひそめるコトハ。

――今…一瞬寂しそうだった……?

 気のせいだろうか?

「あの……フィズさん?」

「ん?」

「失恋でもしたんですか?」

「なっ……!?」

 ハルカのぶしつけな質問に、フィズは持っていたりんごあめを地面に落とした。

「何バカなこと言ってんの!あたしに彼氏なんていないよっ。」

「じゃあ、何でやけ食いなんか……。」

「それは……。」

 フィズは口ごもった。

 視線を下におろし、つぶれたりんごあめを見つめる。

「……これが、最後かもしれないから。」

「最後……?」

「そ。」

 フィズはわずかに笑うと、だいぶ暗くなってきた空を見上げた。

 もうすぐ日没だ。

「あんたら旅人みたいだから知らないんだろうね。”竜神祭”の本当の意味をさ。」

「本当の意味って……。」

 祭りを行う理由で思いつくのは

 伝統的なモノ

 豊作を祝うモノ

 …それくらいだ。

 少なくともハルカの知識では。

「”竜神祭”が行われる時期はこれといって決まっていない。

 まぁ、だいたい5,60年に一度ってとこかな。

 時が来たら竜神が山の木の葉を激しく揺らすんだよ。」

「は……?」

「まぁ、つまりはさ。祭りを開くのはあくまで表面上のことで、本当はカスト山に住む

 竜神に、生け贄を捧げる儀式なんだ。」

「な……。」

 ハルカは目眩をおぼえる。

「何てベタな……。」

「うそみたいでしょ?でもホントの話。」

「ハルカさん。」

 コトハがハルカの服を引っ張った。

「生け贄って何ですか?」

「……皆の為に犠牲になる人のことだよ。」

「犠牲……?」

「だいたいは……死ぬ……のかな…。」

「え……っ。」

 目を見開くコトハ。

 嫌な感じだ。

 嫌な―――

 

”ねぇ、ご主人様。このうさぎさん動かないよ。寝ちゃったのかな?”

”違うよ、コトハ。このうさぎはね……”

 

「……ご主人様が…言ってました。”死”は辛いものだって。

 死んじゃった人にはもう二度と会えな―――」

「コトハっ。」

 彼女の言葉をハルカが制した。

「それ以上言わなくていいから。」

「でも……。

 まさか、フィズさん……。」

「そう。」

 フィズはうなずく。

「今回はあたしに白羽の矢がたったってわけ。

 だから死ぬ前に好きなだけ好きなもの食べておこうと思って。」

 彼女は笑っていた。

 切なすぎる笑顔……。

 ハルカは唇を噛みしめた。

「……フィズさんはそれでいいんですか…?」

「かまわないよ。あたし一人の命で他のみんなが幸せならさ。」

「…っ。」

 心臓が飛び出るかと思い、ハルカは胸をおさえる。

 いつかどこかできいた台詞だ。

 

”いいのよ。行きなさいハルカ。私達の命であなたが生きていけるなら。

 幸せになれるなら―――。”

 

 今でも頭に貼り付いて離れないあの人の笑顔が、フィズの笑顔に重なって見えた。

「……そんなわけない。」

「ハルカくん?」

「平気なわけない。誰だって死ぬのは怖いに決まってるじゃないか。

 それなのに、みんなの為に死んでもいいだなんて……そんなの偽善だよ。

 ただの…ただのキレイ事だ。それに……。」

 知らないのだ、フィズは。

 残された者の悲しみを。

 やりきれない気持ちを。

「……え?」

 ふいに頭を撫でられて、ハルカは顔を上げた。

「優しい子だね、あんたは。」

「な……っ、オレはただ……。」

「あたしだって本当は嫌だよ。

 でも仕方がないことなんだ。決まったことなんだよ。」

「……。」

「さて、あたしはそろそろ行かないとね。」

 ハルカは何も言わなかった。

 何も言わずに、去っていくフィズを見つめていた。

 黙り込んでいるハルカをコトハが心配そうに仰ぐ。

「ハルカさん……?」

「……このままじゃ、いけないよな。」

「え?」

「みんなが楽しいのが祭りなんだ。

 一人でも楽しくない人がいたら、そんなの本当の祭りじゃない。」

 そういうことだったのだ。

 この祭りに感じた違和感は。

 嘘で塗り固められた祭り。

 それではコトハだって本当の楽しさはわからないだろう。

「行こう、コトハ。」

「行くって……どこへですか?」

「決まってるだろ。フィズさんを助けに行くんだよ。」

 コトハは驚いたのか、何度か瞬きをし、

「はいっ!行きましょう、ハルカさん!」

 満面の笑みで答えた。


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