神祭


 独りぼっちは寂しい。

 独りぼっちは苦しい。

 だから誰かそばにいて。

 僕のそばにいてよ―――

 

「いいか、コトハ。絶っっっ対、自分が”人形”だなんて言うんじゃねーぞ。」

 旅に出てから2日目。

 カストリアという街の手前で、ハルカとコトハは足を止めていた。

「はいっ。

 え〜っと、”またこの前のことのようになったら大変だから”ですよね?」

「わかってんじゃん。」

 コトハは「えへへ」と笑う。

 そしてその表情のまま、ハルカの顔を仰いだ。

「何だよ。気持ち悪いな。」

「私、ハルカさんと居れてすごく嬉しいです。」

「な……っ。」

 かなりの不意打ちにハルカは思わず赤面していた。

「何なんだよ、急に。変な奴っ。」

「だって私、今まで独りで旅をしていたから……。

 ご主人様のもとから離れて独りで。

 何だか胸にぽっかり穴が空いたようで、落ち着かなかったんです。」

 彼と居るときは決して抱かなかった感情。

 あたたかい場所から離れて、初めて知った感情。

 この気持ちは…………何?

「それは”寂しい”っていう気持ちだよ。」

「寂しい?」

「そ。独りぼっちは誰だって寂しいもんだ。」

 誰かと居るときのぬくもりを知っているなら尚更だ。

 独りになった時。

 まわりに誰もいなくなった時。

 急に不安になる。

 寂しくなる。

――オレもそうだったしな。

「それなら良かったです。」

「え?」

「私達、今は寂しくないですね。」

「……。」

 コトハの言葉に、ハルカは少しばかり顔をしかめた。

――どうしてこいつって、こう……。

 調子が狂う。

 何て真っ直ぐな気持ちをぶつけてくるのだろう。

 ハルカは視線をそらすと、コトハの頭を一回だけくしゃっとなでた。

「え?」

「何でもない。行くぞ。」

 

 カストリア。

 カストと呼ばれる山の真横に位置する小さな街。

 その日、カストリアは妙に騒がしかった。

「おっかしいな。前に一度来たときは辛気くさ〜い街だったのに。」

「そうなんですか?」

 二人が顔をしかめていると、忙しそうに走り回っていた青年が彼らの前で立ち止まった。

「君達、旅の人?」

「え?はい、一応。」

「運がいいね。今日は”竜神祭”なんだ。ゆっくりしていきなよ。」

「は……?」

 顔を見合わせるハルカとコトハ。

 詳しく聞こうとしたときには、青年の姿はなくなっていた。

「なんだ。祭りの準備で騒がしかったのか。」

「”祭り”……って何ですか?」

「……知らないの?」

「はい。え〜っと…普通は知ってることですか?」

「う〜ん…まぁ。」

 ハルカはほおをかく。

 どうもこの少女には知らないことが多すぎるような気がする。

 人形なのだから仕方がないのかもしれないが……

――こいつのご主人、何も教えなかったのかな。

「知らなくて困るようなもんでもないけどね。

 何かを祝って、みんなでわいわい騒ぐんだよ。」

「わいわい……。」

 ぽんっと手をたたくコトハ。

 目を輝かせながら人差し指を立てる。

「そーいえば前にご主人様が言ってました。

 みんなでわいわい騒ぐのはすごく”楽しい”ことだって。」

 熱弁するコトハにハルカは苦笑した。

 彼女の顔をのぞきこみ、

「でたい?お祭り。」

「はいっ!

 あ、でもハルカさんが迷惑なら別に……。」

「いーよ。」

「ふえ……。」

 コトハはハルカを仰ぎ、瞬きをした。

「本当ですか?」

「ああ。少しは人間の勉強になるだろーし。」

「あ……。」

 コトハは胸をおさえる。

――考えてくれてるんだ。私のこと。

 あたたかい。

 この人の言葉はあたたかい。

「ありがとうございます、ハルカさんっ!」

 コトハは思わず、彼にとびついていた。

 

 竜神祭は夕方から始まった。

 様々な露天が並び、人々の賑やかな声があちこちから聞こえてくる。

「すごいですっ。」

 きょろきょろ辺りを見まわしながらはしゃぐコトハ。

「あっ。あれ!あの白いふわふわしたの何ですか?」

「ああ。あれはわたあめだよ。」

「ふえ〜。わたって食べれるんですかぁ。」

 感動するコトハにハルカは「くくく」と肩を震わせ笑う。

――ほんと、飽きないよな。こいつといると。

 反応の一つ一つが新鮮だ。

「でも……何でしょう。」

「え?」

「このお祭り…何かおかしいです。胸がもやもやします。」

「…お前もそう思う?」

 先ほどから感じていた違和感は気のせいではなかったらしい。

 表向きは華やかな祭りでも、何となく寂しげな感じがするのだ。

 笑う人々。

 走り回っている子供達。

 その全てが仮そめのものに見えてならない。

 と―――

「おじさ〜ん。イカ焼き20個ちょーだい。」

「2……!?」

 とんでもない発言が耳に飛び込んできて、ハルカは声のした方を振り返った。

 16歳ほどの少女がイカ焼きの屋台の前に立っている。

 よく日焼けした肌が印象的だ。

「あの人……一人で全部食べるんでしょうか……?」

「まさか……。」

 二人は黙り込んで、事の成り行きを見つめる。

 すると、少女がこちらに顔を向けてきた。

 大きく、意志の強そうな瞳がハルカを射抜く。

「ちょっと、そこの二人。」

「?」

 ハルカとコトハは視線を漂わせる。

「あんたらだよ。あ・ん・た・ら!」

 ハルカは自分の顎を指さした。

 少女が大きくうなずく。

「ちょうど良かった。ちょっとイカ焼き持つの手伝ってよ。」

「へ?」

 ハルカとコトハは同時に間の抜けた声をあげた。


BACK