しい気持ち


  不自然なものは除外される。

 それが人間界のオキテ。

 人間は自分と”同じ”じゃないと安心できないのだ。

 だから彼は除外された。

 皆と違っていたから。

 あり得ない力を持っていたから。

 誰もが彼を氷のように冷たい瞳で見ていた。

 何かにおびえるような瞳で見ていた。

 それでも―――

 

”ねぇ、オレ達と遊ぼーよ。”

 

 差し伸べられた手。

 嘘だと分かっていた。

 嘘でも良かった。

 嘘でも…本気ではなくても嬉しかった。

 涙が出るほど嬉しかったのだ。

 

 街から数十メートル離れたところでやっと、ハルカは立ち止まった。

 コトハの方を振り返る。

「…分かっただろ。」

「え?」

「今ので分かっただろ。あれが人間なんだよ。

 自分のことしか考えられない汚い生き物―――。

 そんなものに、お前はなりたいのか?」

 コトハはハルカを真っ直ぐに見つめ返した。

「…なりたいです。」

「バカか、お前。」

 これだけ人間にだまされたというのに。

 懲りていないのだろうか、この少女は?

「バカじゃありません。

 だって、ハルカさんみたいな人間だっているじゃないですか。」

「…っ。」

 ハルカはコトハから視線を外した。

 吐き捨てるように言う。

「かいかぶりすぎだろ。

 オレだって、最初はお前を売ろうと思ったんだから。」

「でも結局はそうしなかったでしょう?」

「……。」

 …そうかもしれない。

 だが、それは結果論だ。

「……私、もう行きますね。

 いろいろありがとうございました。」

 コトハは頭を下げると、歩き出した。

 だんだんと小さくなる背中をハルカは黙ったまま見つめる。

――バカだ、あいつ。ほんとに。

 

”ハルカさんみたいな人間だっているじゃないですか。”

 

――オレみたいな人間ってなんだよ?

  オレだって汚い人間だろ。

  あいつらと同じだろ。

 

”父さん…っ、母さん………っ!!”

 

――いざとなったら自分のことしか考えられない。

  オレとあいつらのどこが違う?

 

 どこか…………違うのだろうか?

 

「っ、待てよ、コトハ!」

 弾かれたように、コトハは振り向いた。

 大きな目を更に大きく見開き、こちらを見ている。

「お前、まさか一人で行く気じゃないだろーな?」

「え?」

「危なっかしーんだよ、お前。一人にさせておけるかっつーの。」

「あ……。」

 コトハはハルカにかけより、その両腕を掴んだ。

「それって……一緒に来てくれるってことですか?」

「う……えっと…まぁ、オレと一緒の方が何かと便利だろ。」

 ハルカは顔を横にそむける。

 何となく照れくさいのだ。

「あ……その……何でしょう、これ。」

 胸に手をあて、瞳を閉じるコトハ。

「この奥があったかくて…何だかふわふわします。」

 何とも抽象的な表現に、ハルカは苦笑した。

「それは多分、”嬉しい”って気持ちだよ。」

「”嬉しい”……。」

「そ。んでもって、嬉しい時は笑うんだぞ。」

「ふぇ……。」

 コトハは自分の顔に触れ、深刻な表情になる。

「私…笑い方知りません……。」

「大丈夫だよ。さっきお前、ちゃんと笑ってたから。」

 笑い方なんて教えられて覚えるものでもないだろう。

 ハルカの言葉に、コトハは再びこぼれんばかりの笑顔を見せた。

「そんじゃ、コトハ。行くか?」

「はいっ。」

 彼らは歩を進め―――

「お〜い、ハルカっ!」

「え?」

 聞き覚えのある声に振り返った。

 息を切らして走ってくるのは、クリス、ニック、アインとフィン……。

 いつもハルカと遊んでいた四人だ。

 彼らはハルカの前まで来ると、息を整えた。

「ハルカ……。お前、その子と一緒に行くのか?」

「あ……ああ。まぁな。」

「そっか……。お前、勘違いしてるみたいだから言っとくけど……。」

 クリスは、そして他の三人は真っ直ぐにハルカを見つめる。

「オレ達、友達だからな。」

「え……っ。」

 ハルカは目を見開いた。

「ホントにホントの友達だ。」

「嘘なんかで仲良くできるかよ。」

「俺達、お前のこと嫌いなんかじゃないからな。」

 口々にそれだけ言うと、彼らは「またな」と街の方へ走っていった。

 ハルカはそれを呆然と見送る。

「……嫌われてなかったじゃないですか。」

「…ああ。」

「ハルカさんのこと、友達だって。」

「…ああ。」

「ハルカさん。」

「ん?」

 コトハはハルカの顔を仰いだ。

「嬉しいですか?」

「へ……?」

「だってハルカさん、笑ってます。」

「……。」

 

”オレ達と遊ぼーよ。”

 

 差し伸べられた手。

 嘘じゃなかった。

 本当だった。

――バカだ。あいつらも。

 自分みたいな奴と好んで友達になるなんて。

 バカだけど。

 どうしようもない奴らだけど。

 それでも……

 胸の奥が暖かいのは何故だろう?

「……そっか。オレ、嬉しいのかもな。」

 

 嬉しい気持ち。

 暖かい気持ち。

 この先何が起きたって

 

 今、この時の笑顔だけは忘れずにいようか。

                           2章へつづく


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