覚め


 少女をベッドに寝かせてやる。

 彼女の顔についた泥を拭き取った頃には、外はもう雨が降り出していた。

「あ、洗濯物っ。」

 そういえば干しっぱなしだ。

 ハルカは裏口から外に出る。

 と―――

「お〜い、ハルカ!」

 聞き慣れた声に、ハルカは顔を上げた。

 クリス達がこちらに駆け寄ってくる。

「どうだった?お宝は…。」

 期待の目を向けられ、首を横に振るハルカ。

「全然。宝のたの字もねぇ。」

「あ〜、やっぱりガセネタかぁ。」

 ――そう思うなら探しに行かせるなよ。

 ハルカはそんな突っ込みは飲み込んだ。

 いつものことだ。

 この程度のことで怒るような人間は、彼らとは付き合っていけない。

「そんじゃ、ハルカ。明日な。」

「ああ、また明日。」

 手を振って、ハルカは息をついた。

 洗濯物を全て抱え、部屋に戻る。

「まぁ、宝といえば宝なんだろうけど……。」

 少女の目は堅く閉じられている。

 多分……壊れているのだろう。

 当たり前だ。

 人形など、今の時代にはほとんど存在しないのだから。

 ハルカは洗濯物をその辺に置き、少女の顔をのぞきこんだ。

「どうすっかな、これ。骨董屋にでも高く売りつけるか?」

 大変作りの良い人形だ。

 顔は綺麗だし、大きな損傷もない。

 高くどころか、こちらの言い値で売れること間違いなしである。

「…これ、目とか開くのかな……。」

 ハルカは人形の顔に手をのばし―――

「あ?」

 間の抜けた声を出した。

 ぽかんと口を開ける。

 開いたのだ。

 人形の目が。

 まだ、触れてもいないのに……。

 人形は空のように澄んだ青い瞳をこちらに向けた。

「……誰…?」

「うわぁあっ!?」

 その場にしりもちをつくハルカ。

「う…うそだ……。」

 人形は上半身を起こし、首を傾げる。

「うそ……って、何がですか?」

「だ…だって君……。」

「私…?

 私はコトハです。よろしくお願いします。」

「ああ、えっと…オレはハルカ……って、違う!」

 ハルカは髪をかきむしった。

 頭が混乱している。

 ――何で動くんだ!?

「あの…ここどこですか?私……。」

「え〜っと……。」

 ハルカはとりあえず落ち着くことにした。

 実際問題、人形は動いているのだ。

「君、洞窟の中で倒れてたんだよ。それでオレの家に連れてきたんだけど…。」

「洞窟……って、私の顔に何かついてます?」

「へ?」

 いつの間にかコトハを凝視していたハルカは、慌てて目をそらす。

「ああ…ごめん。人形なんて珍しいから……。」

 コトハは不思議そうな顔をした。

「珍しいんですか?」

「今の時代ではね。」

 500年くらい前までは大量に作られていたらしいが。

 そこでハルカは立ち上がった。その辺から椅子を持ってきて座る。

 コトハと目の高さを同じにし、

「で、君は何であんな所で倒れてたわけ?」

「私は……。」

 コトハは黙り込んだ。

 目覚めたばかりのせいか、記憶がはっきりしない。

 いったい自分は何をしていた?

 何を……

 

”待ってるよ”

 

「私……旅をしていました。」

「旅って……君一人で?」

 頷くコトハ。

 ハルカは顔をしかめた。

 人形の一人旅なんてきいたことがない。

 彼らのほとんどは人に仕えていたのだ。

「人間について勉強をしていたんです。

 沢山のことを覚えたら、ご主人様が人間にしてくれるって……。」

 ガタッ

 ハルカは椅子からずり落ちる。

「…ハルカさん?」

「いや、別に。続きをどーぞ。」

「はぁ。」

 コトハはハルカが椅子に座り直すのを見届けると、再び口を開いた。

「それで、旅の途中訪れた街でこんなことを言われたんです。」

 

”洞窟の奥にある宝を取ってくるんだ。

 そうすれば人間の持つ、「勇気」というものがわかるよ。”

 

「勇気……。私の知らないものです。だから私は洞窟に行って……。」

「崩れ落ちてきた岩に足挟んで、動けなくなった、と?」

「……。」

 コトハは視線を落とす。

 どうやら図星らしい。

「君、バカ?」

「ば……バカって……!」

「だまされたんだよ。その人間は君を利用しようとしただけだ。

 んなことで”勇気”がわかるかっつーの。」

「そんな……。」

 コトハは顔をゆがめ、布団を握りしめる。

「沢山……沢山知らないことがあります。

 全部覚えなきゃ……覚えなきゃいけないんです。

 私…人間になりたいんです……。」

「……。」

 ハルカはやれやれと首を振った。

 椅子から立ち、洗濯物を持ち上げる。

「ま、勝手にすりゃいーじゃん。オレには関係ねーし。」

「ハルカさん……。」

「でも、出てくんなら明日にしろよ。外、雨が降ってるから。」

「…………はい。」

 ハルカはコトハの返事を聞き終えないうちに、部屋を出た。

 何だか気分が悪い。

 ――何だあいつ。頭おかしいんじゃないか?

 本気で人形が人間になれるなどと思っているのだろうか。

 不可能だ。そんなこと。

 

 そう、魔法でも使わないかぎりは。

 

 魔法。

 不可能を可能にする力。

 人間にあたえられた不思議な力。

 魔法を使える者を人々は”魔法士”と呼んだ。

 だが、その魔法士は500年前を境に忽然と姿を消す。

 理由は……不明。

 大規模な”魔法士狩り”があったというのが一番それらしい説らしいが。

 よって、常識で考えると今現在、この世に魔法士は一人も存在しないのだ。

 きっと彼女はその”ご主人様”とやらにだまされているのだろう。

 「人間にしてやる」という言葉を鵜呑みにして。

 それだけを信じて、一生懸命に。

「……人間なんて、汚いだけなのにな。」

 ハルカは一人つぶやくと、洗濯物をたたみはじめた。


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