らが闘うその理由


 ある日突然、ジェレミーが尋ねてきた。

 

「トリスタンってさぁ。何の為に闘ってんの?」

「ゴホっ!?」

「なぁ、何で何で?」

「うーえーあー……。それは…ゲホっゴホっゴホっ!」

「や、わかんねーし」

 

 正直、わからないのはこっちの方だった。

 何の為に闘うのか。

 深く考えたことがないので、いざ訊かれてみると返答に困ってしまう。

 平和のため。

 安心して暮らせる世の中のため。

 それが理由といえば理由なのだろうが、何だかもっと大事な理由があるような気がして

ならないのだ。

 この胸の奥に、何かもっと大切なものが。

 

”トリスタンっ”

 

 ……て、何故ここでジェレミーの顔が出てくるんだ。

 今は全然関係なくないか?

 妙に胸が痛む。

 胸が………………

 

 

「ただの知恵熱のようですから、少し休めば治るでしょう」

「はぁ……。すいません、ユウ先生。ゴホッゴホッ」

 気づいたら医務室のベッドの上だった。何がどうなっているのだろう。

「通路のど真ん中で倒れるな。心臓に悪い」

 トラヴィスが一言で説明してくれた。

 そうか。それで彼がここに運んでくれたのか。

「……ありがとう」

「まぁ、別にいいんだけどな。平気そうだから俺は行く」

「あ、トラ……ゲホッゴホッ!」

 慌てて引き止めると、トラヴィスは面倒そうに振り返る。

「……何」

「トラヴィスは何の為に闘ってるんだ?」

「それは……」

 彼は少しだけ考え、短く答えた。

「ネコボルト」

「あー……はいはい」

 きいた自分が馬鹿だった。答えなんて決まりきっていたではないか。

「あのフカフカを守るためなら、俺は何でもしよう」

 拳を握りつつ熱弁するトラヴィス。ある意味うらやましい。

「じゃあ、俺は何の為に闘ってるんだと思う?」

「そんなの俺が知るか」

 即答された。まぁ明確な答えなんて返ってくるはずがないとわかっていたが、もう少し

考えてくれてもいいんじゃないだろうか。

「何のために闘うかなんて、そんなの自分にしかわからないことだろう」

「そりゃあ……まぁ……」

「それなら自分にきくんだな」

 それができれば苦労はしない。

「…ただ言えることは……誰だって大切なもののために闘ってるんだろう」

 

 何の為に闘うのか。

 大切なもののため。

 大切な人のため。

 自分にとって、それは何なんだろう。誰なんだろう。

 

”なあ、トリスタン”

 

「だから、何でジェレミーがっ!」

「俺がどーかした?」

「うわあああああっ!?」

 心臓が止まるかと思った。

「ゴホッ、ゴホッ!」

「うあー…ごめん。大丈夫かあ?」

 ジェレミーが背中を擦ってくれる。何故か余計咳が止まらなくなった。

「ゴホッゴホッ…。ごめ……ジェレミー……。ゴホッ。少し離れて……」

「あー、うん」

 ジェレミーが離れると少しだけ気分が楽になる。

 どういうことだろう。

 先ほどから頭の中がジェレミーで一杯なのだ。触れられると妙な気持ちになる。

「ゴホッ……。何なんだ、これ……」

「や、俺が何なんだなんだけど」

 

”誰だって大切なもののために闘ってるんだろう”

 

 大切……な?



「……あ」

 一瞬視界が暗くなった。反射的に天井を仰ぐと、ジェレミーの頭上にある照明器具がぐ

らついている。

 落ちる。

 直感的にそう思った。

「ジェレミーっ」

「え?うあっ」

 ジェレミーに飛び付き、そのまま押し倒す。足のすぐ近くで照明器具が割れる音がした。

「あ…あぶな……ゴホッ、ゴホッ」

「あたたたたたた……・」

 ジェレミーが目を開け、きょとんと俺を見上げた。顔がかなり接近していたことに気づ

き、慌てて身を起こす。

「ご…ごめ……」

「何で謝るんだよ。にしても危ねーなぁ。船師に文句言ってやろ」

 ジェレミーもまた上半身を起こすと、俺に向けて笑顔を見せた。

「まぁ、とにかくありがとなっ」

「…っ」

 その瞬間。

 何かが胸の奥で弾けたような気がしたのだ。

 誰だって大切なもののため。

 そう。

 大切な人のために―――

「ジェレミーっ」

「うわっ!え、何……?」

 ジェレミーの肩を掴み、紡ぐ言葉を探す。

 わかった。

 わかったんだ、俺。

 どう伝えよう。

 どう伝えればいい?

「ジェレミー。俺……わかった。何の為に闘っているのか」

「……うん。何で?」

「多分……ゴホッ…その…えーっと……」

「トリスタン?」

 一度息を整える。

 言え。言うんだ。

「俺、きっとジェレミーを守る為に闘ってる」

「…え…」

「いや……その…何ていうか……えーっと…だから……」

「…」

 唐突にジェレミーが俺の腕を掴んだ。

「うわっ。何だ?」

「……ずるい」

「え?」

「それっ、俺が言おうと思ってたのに!」

 ジェレミーは妙に子供じみた表情で俺を見上げる。

「ずるいずるいずるいぞ!トリスタンのくせに生意気だ」

「ゴホッ。え?え?」

 わけがわからない。

 ジェレミーは肩に置いた俺の手を振り解き、俺に人差し指を突きつけてきた。

「俺だって、トリスタン守るために闘ってんだからなっ」

「……へ…?」

「何だよもう。だいたい俺より弱いくせにさぁ。まぁ、さっき助けてくれたのは感謝して

るけど、それとこれとは―――」

 ぶつぶつと文句を言うジェレミーの声はほとんど耳に入らなかった。

 俺はジェレミーを。

 ジェレミーは……俺を?

 考えてること、まったく一緒じゃないか。

 おかしくて、嬉しい。

「あ、こらっ。笑うな!」

「俺がジェレミーを守る」

「何言ってんだ。俺がトリスタンを守るんだよ」

「俺だ」

「俺!」

 俺達は顔を突き合わせて、

 やがて同時に吹き出した。

 

 

 闘うのは何のため?

 それは大切な人のため。

 俺は決して強くはないけれど、彼の為なら頑張れるような気がする。

 

 そんな……気がするんだ。

                                おわり

■あとがきという名の言い訳
何でしょう、このバカップルぶり(笑
トリジェかもしれないしジェトリかもしれないし。
むしろトリジェトリな感じで。
マイナーだと自分でも思いつつ書きました。
だってどっちも受けっぽいですもんね(え
裏設定としてトラヴィス→トリスタンだったりします。
実は「ネコボルト」じゃなくて「トリスタン」って言いたかったんですけど
トリスタンがジェレミーを気にしていることを知っていたのであえて言わなかったとか何とか。
そんな感じだと萌えるというお話でした(違
もういいよ。お前らお互いに守り合え!
ジェレミーが27歳じゃないのは気にしないで下さい。
精神年齢低いんです。お子様なんです。

BACK