り灯


 夏の初めにオレは死んだ。

 登校途中に車にはねられて、そりゃもうあっけなく。

 痛くもなければ、苦しくもなかった。

 あくまで、オレはだけど。

 どうやら死んだ本人より残された人間の方がしんどいらしく―――

「あ〜、駄目だ。見てらんねぇ・・・・・・」

 オレの心配の種は、生前彼女だったなずなだ。

 夜の森を一人で歩いているちっこい奴。

 本当はあの隣にオレが並ぶはずだったんだ。

 林間学校の肝試し。

 あらかじめ決めてあったペアがいなくなってしまったあいつは、一人でやることになったらしい。

 さぼっちまえばいいのに。

 変な所で生真面目だ。

 まぁ、三年も付き合った相手。

 その辺の性格はもうわかりきっているけどさ。

 霊感が強い割にめちゃくちゃ怖がりな彼女は、先程から霊を見るたびに「きゃーきゃー」悲鳴を上げている。

 マジで見てらんねーし。

「あ」

 オレは小さく声をあげる。

 あいつ、こけやがった。

 足でも痛めたのか、なかなか立ち上がらない。

 俯いていて顔は見えないが、もしかしたら泣いてるのかもしれなかった。

 あまりにも長い時間地面に尻をついたままなので、オレはだんだんと心配になってきた。

 おいおい、大丈夫かよ?

 そんなに痛いのか?

 でも、オレには助けてやることもできないし・・・・・・

「・・・・・・ん」

 ふいに、なずなの口から声が漏れた。

「・・・・・・くん。圭くん・・・・・・」

 ケイ。

 オレの名前だ。

 オレを呼んでいる?

「圭くんっ、圭くん」

 ・・・・・・やめてくれ。

 呼ぶなよ、頼むから。

「圭くんっ、圭くんっ、圭くん!」

 ああっ、ちくしょう!

 そんなに呼ばれたら―――

「何やってんだよ、お前」

「ふえ・・・・・・?」

 赤い目で、なずなはオレを見上げてきた。

 ニ、三度瞬きを繰り返してからばっと手を広げる。

「圭く―――」

 オレに抱きつこうとした手は虚しく空を切り、勢い余った彼女は地面に顔面を激突させた。

「あほか、お前。オレ、死んでんのわかってるだろが」

「う〜だってぇ〜」

 起き上がった彼女の顔は、泥と涙でぐちゃぐちゃになっていた。

 あまりにもひどい顔だったのでオレは苦笑する。

「あのさ、なずな。オレが成仏できないの、お前のせいだってわかってる?」

「え・・・・・・?」

 なずなは驚いたようだった。

 オレは彼女の頬に手をそえる。

 感触が伝わることも伝わってくることも有り得ないけれど。

「頼むからあんまり泣かないでくれよ。オレはもうお前の涙を拭ってやることはできないんだからさ」

「圭く・・・・・・」

「なずなには世界一幸せな女になって欲しいんだよ、オレ」

 誰よりも幸せに。

 オレが幽霊になってまで気にかけてた女なんだから。

「・・・それが、圭くんの望みなの・・・?」

「ああ」

 最後の願いだ。

 なずなにする最後のわがまま。

「・・・・・・」

 なずなはまた俯いてしまった。

 オレはひたすら答えを待つ。

 待って、待って、待って、待って

 やがて―――

「・・・・・・送ってくれたら・・・」

「ん?」

 彼女は顔を上げ、上目づかいにオレを見る。

「ゴールまで送ってくれたら、私、幸せになってあげてもいいよ」

「何だそりゃ」

 オレは「ぷっ」と吹き出した。

 どうやらオレのお姫様は死んだ人間までこき使うらしい。

「いいぜ。お手をどうぞ、お姫様?」

 なずなは「あはは」と笑い、オレの手に自分の手を乗せるフリをした。

「好きだよ、圭くん。誰よりも大好き」

「オレだって」

 二人、顔を見合わせて笑いあう。

 誰よりも、何よりも大切な人。

 大好きな人。

 置いていってしまうことが、たまらなく悲しい。

 このままずっと居てやれたらいいのに。

 でもそれは無理な話なのだ。

 だから―――

 

 あと少し

 あと少しだけ、彼女を照らす灯りでいさせてくれ。

 そばに居させてくれ。

 もう二度と触れ合うことはない。

 二度と名前を呼ぶことも、呼ばれることもない。

 

 だから、せめて

 

 この森を抜けるまでは二人の心が触れ合っていますように

 

 この森を抜ける、その時までは

 

                            おわり

 

あとがきのようなもの

 IONさんの夏企画に投稿した作品です。

 勢いで書きました……。

 私にしては珍しい作品かもしれません。

 基本的にハッピーエンドしか書かない人間なので。

 やっぱり、短編って難しいですねぇ…。


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