のっぽさんの憂鬱


 放課後のがらんとした教室の雰囲気をぶちこわすかのように、ハリのある関西弁が響く。
「なー、せぇへんの? やりぃな、オレめっちゃ楽しみやねんけどなぁー」
「じゃあミツがやりなよ」
 うだっと崩れた格好で、つり上がった口元をニヤニヤと嫌な感じに歪めているのは、
俺の相方入口明光だ。相も変わらずギラギラと光り輝く格好をしていて、目立つことこ
の上ない。まぁ、目立つという点では、この俺、出口創士もそうではあるのだが。
 昔にチビチビとからかわれていたのが嘘のように、今ではすっかり巨人のごとく成長
してしまった、この体。便利なところも多いし、嫌なわけではないが、まぁ、地味に暮
らしていきたい俺としては、嫌が応にも目立ってしまって、些か不便である。

 本日の俺と明光の話題は、「体育祭について」。
 我が桜高等学校の体育祭はほんの少し変わっていて、競技よりもむしろ、全学年合同
のクラス対抗応援合戦が目玉なのである。得点も、競技よりもこちらの方の比率が高い。
 当たり前に、生徒たちの熱意もこちらに傾こうというものだ。
 お祭り男の明光も、もちろんやる気は満々である。いつもの商売ッ気を放り出して、
こいつにしては珍しく、損得勘定抜きで気合いを入れている。
「そーしたいんはヤマヤマやねんけどなぁ、団長やで、ダンチョー。わかっとる、ダン
チョー? デカないとカッコつけへんやろ。チマいんがやってもしゃーないって。まー
、ヒトによるかもしれへんし、オレサマやったらなーんでもできるんやろうけどな」
 そして、その中で、応援団長というものはとてつもなく重要なポジションである。生
徒たちが熱意の大半を注ぐ応援を率いる、人間。よっぽどでないと務まらないだろう。

 そして、この明光は。
 それに、俺を、よりによって俺を、推薦しているのだ。
「じゃ、やりなよ」
「アホ、最後まで聞かんかい。オレが言いたいんはな……なぁ、あんさん、今身長ナン
ボある?」
「あー、っと。ひゃく、はちじゅう……ろく? いや、この前計ったらもうちょい伸び
てたっけな」
「応援団長っちゅうと、まぁ、こんなんやな」
 そう言って明光が取り出したのは、一枚の写真だった。三三七拍子でもしているのか、
いかつい顔で太鼓を叩いている体育会系の男をバックにして、長ランを着た人間が空手
でもするように拳を突き出しているのが写っている。
「あれ、これミハルさん?」
「いや、こっちは『ミチハル会長』の方や」
「あー……そっかそっか、うん、そーだな」
 そうそう、彼……いや、彼女と言った方が良いのだろうか、ともかく、生徒会長・鳴
海道治という人間は、非常に複雑なのだった。
 まぁ、端的に言えば、「女装の好きな男」だ。こう言ってしまうと身も蓋もないよう
だが、それしか言いようがないのだ。
 彼の女装した姿には別名がある。満春、というのがそれだ。俺が言ったのは、この
「ミハルさん」ということだ。彼女、ミハルさんの方は、生徒会副会長を務めている。
同一人物が、姿を変えて、兼任しているのだ。こうなったのには色々な事情があるらし
く、俺はそこまでは詳しくは知らない。
 同学年以外にはあまり知られていないらしいのだが、諸事情により、俺と明光は知っ
ているのだ。
「で、ミチハル会長が何?」
「これは去年の体育祭の写真やねんけどな、どや、カッコエエやろ?」
「うんうん。これはちゃんと男に見えるねぇ。あの人もこういう格好すりゃ、ちゃんと
格好いい男だな」
「なんでやと思う?」
 明光はずずいと顔を突き出し、計算高い目で俺を見た。ああ、こいつまた何か企んで
やがるな。
「さー」
「背ぇ高いからや。ほんでなぁソーシ、オレサマは今年も応援団長にミチハル会長が出
ると見た」
「ふーん、そりゃあスゴイ。うん、格好いいだろうな、うん」
「ミチハル会長とタメ張れんの、ナンボおると思う?」
「さぁなぁ、どうだろ」
 とぼけようとした俺を遮って、明光は言った。
「あんな、オレサマは頼んどうワケちゃうねんで」
 あの自信に満ちた嫌な笑みは、これが原因だったのかと思い当たる。こいつは初めか
ら計画していたのだ。これは、最終段階だ。
「Aの全学年、ちゃんと許可とったで。もう登録済ましといたからな」

「はーい。指導教官の坂田です」
 タイミングよくガラリと扉を開けて入ってきたのは、クラスメイトの坂田智那だった
。運動部には属していないが、スポーツなら何でもこなす強者だ。
 ひらひらと手を振りながら、爽やかな笑顔でこちらに近づいてくる。
 智那の笑顔はまぁ爽やかだが、こっちの明光の笑顔ははっきり言って相当、腹が立つ。
「今回のテーマは『心意気』でさ、なんか、異種混合格闘技みたいになるらしいんだよな。で、俺」
 自分のことを指さしながら、智那が爽やかに言い放つ。
「精一杯やろうな! 早速今日の放課後からだぞ!」
 初めて、体育会系の男というものを恨みそうになった。



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