れない夜


「お久しぶりです、陛下」

 あんたはおれのこと陛下って呼ぶなよ。名付け親なんだから。

「そうでした」

 そうやって、あいつはいつも笑うんだ。

 いつだって、笑ってたんだよ。

 

『言ったはずだ。あなたになら……手でも胸でも命でも、差し上げると』

 

 いらなかったよ、おれは。

 そんなものいらなかったのに―――

 

「う…っわ、すっげー寝汗……」

 冷たい天井を見上げながら、おれは前髪をかきあげた。生温かいモノが手に纏わりつく。

まだ太陽は昇っていなかった。中途半端に寝たせいか尋常じゃない空腹のせいか気分が悪

い。まぁ、吐くものなんてもう胃液くらいしかないけど。

「っしょ」

 おれは上半身を起こした。反動で「ぐー」と腹の虫が。

 あら、お恥ずかしい。誰も聞いてないんだけどさ。

 そばにいつも居るはずのあの人達はいない。

 ヴォルフもグウェンもギュンターもグレタも―――

 コンラッドだって。

「ん?」

 何かが触れて手元を見る。使い慣れたものだとはいえ、最近じゃすっかりご無沙汰だっ

たシロモノ―――。

「……野球ボール…?」

 何で?

 貴婦人の気のきいたサービス?

 んなわけないじゃん。

 思考能力が鈍っていたので、おれは大して考え込まずボールを握った。壁に向けて投球。

ボールは跳ねかえり、手の中に戻ってきた。

 また投げて、戻ってきて、投げて、戻ってきて

 何度も何度も繰り返す。

 

『いくよ、ユーリ』

 

 コンラッドの声が聞こえたような気がした。

「いーよ。思いっきり投げてきな」

 どんな球でも受け止めてやる。

 

『いって〜』

『すいません。強く投げ過ぎましたか』

『投げ方がちが〜う!この前教えただろ』

『あれ?』

 

 手元に戻ってきたボールには彼の温もりは感じられなくて。

 それでも

「…コンラッド……また投げ方違うよ……」

 顔を上げずに言う。

「…クセになってんじゃん?」

 直接見なくても彼がどんな顔をしているのか、おれにはわかるんだ。

 きっと笑ってる。それから少し顔をしかめてボールの握り方を確認しているに違いない。

 もう一度投げる。

「…………ド」

 戻ってくる。

「………コンラッド」

 投げる。

「コンラッド」

 戻ってくる。

「返事しろよっ!」

 しまった。喉がカラカラに乾ききっているのを忘れていた。大きく咳き込み、戻ってき

たボールはおれの腹にジャストヒット。その場にとどまる力は残っていなくて、仰向けに

倒れる。

「………へなちょこ」

 て、ヴォルフなら言うんだろうな。ギュンターが凄い形相でせまってきて、コンラッド

がそれをなだめてからおれに手を差し出して訊くんだ。

 

『大丈夫ですか?』

 

「……へーき」

 口の端を吊り上げて笑ってみせる。少し引きつっていたかもしれないけど。

「…平気だ。まだ」

 まだ大丈夫。

 だってこれくらいで負けるわけにはいかないだろ?

 泣くわけにはいかないだろ?

 みんなそんな情けないおれなんて見たくないはずだ。

 いつでも直球!小市民的正義感。それが第27代魔王陛下・渋谷有利なんだから。

 胸がどんなに痛かったとしても、苦しかったとしても。

「負けて……たまるか」

 ここで泣いたら負けだ。きっともう立ちあがれない。

 おれは唇を噛んで溢れかけた熱いモノがひくのを待った。目を閉じてじっと。

 耳元で聞き覚えのある声がしたと思った瞬間、おれは暗い闇の中に落ちていった。

 

 眩しさでおれは目を開いた。

「……夢……?」

 妙な夢だった。何故か手元に野球ボール。壁を相手にキャッチボール。

 もっと明るい夢見ろよ、おれ。

 それに最後に聞こえた声は―――

「……え?」

 おれは我が目を疑った。慌てて身を起こす。

 足下に転がるのは紛れもなく―――

「……まさか」

 まさかとは思う。

 でもこれは信じていいということなのだろうか。

 彼が確かに生きているって―――

 

『負けないでユーリ。俺はいつでもあなたを想っていますよ』

 

 

                               おわり

 

きっとマといつかマの間のお話ですね。

フリン嬢に捕まってしまった辺り。

カロリア編は本当に読んでいて辛かったデス…。

ユーリが痛々しかった…。何度涙腺が緩んだことか!!

プーがどんどん格好良くなっていくのは素敵でしたがv

 

コンラッドさん、これからどうするつもりなんでしょう。

心はまだユーリの所にあると信じてる!!

みたいな気持ちを込めて書きました、これ。

「陛下って呼ぶな」

「そうでした」

のやりとりが凄く好き(笑

あうーコンラッド〜


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