ummerMagic!〜雨がやんだら〜


 この雨がやんだら

 さぁ、何からはじめよう?

 

 梅雨が終われば夏が来る。

 このことはほとんどの人間が常識として知っていることだ。

 けれど俺は梅雨は嫌になるほど知っていても、夏のことはあまり知らない。母さんの話

できいた程度である。

 何故かって?

 それは梅雨があけないから。

 梅雨があけなければ夏が来ないのは当たり前。

 西の山に住んでいる魔女が夏嫌いで、30年前に梅雨で季節を止めてしまったのだ。以

来、俺達の国には雨が降り続いている。

 俺は「夏」を知りたかった。話だけでなく、実際体験してみたかった。

 水遊びや花火、そして夏祭り―――

 母さんが本当に楽しそうに話してくれたんだ。

 だから―――

 

「師匠〜。し・しょ・う!」

「う〜……」

 俺の呼びかけに、(外見上)20代半ばほどの女がベッドの上で寝返りをうつ。いつもは

綺麗に整えられている青い髪が乱れまくっていた。

「師匠?」

 もう一度呼ぶ。反応がないのを確認すると、俺は布団に手を伸ばし―――

「とっとと起きやがれ!性悪魔女っ!!!」

 思いきってひっぺがえしてやった。女はもそもそと起きあがり、頭をかく。

「まったく……乱暴な子ね」

「師匠がいつまでも寝てやがるのがいけないんでしょーが。もう昼過ぎですよ?」

「魔女には昼も夜も関係無いわよ」

 けろりと言ってのける女。そう、このぐーたら女が実は西の山の魔女なのである。

 梅雨を終わらせてもらおうと思った俺は、一年前、西の山の屋敷の門を叩いた。俺が最

終的には土下座までして頼み込むと、この性悪女、こんなことを言い出したのだ。

 

”あたしは嫌よ。暑いのは嫌いなの。でも…そうねぇ。そこまで言うなら……。

 あたしが魔術を教えてあげるから、あんたがやるってのはどう?ま、できればの話だけ

ど”

 

 あの時のケラケラ笑った師匠の顔が頭に貼りついて今も離れない。

 俺は負けず嫌いだ。

 こんなことを言われちゃ黙っていられるわけがない。

 と、いうわけで俺は魔女に弟子入りしたのだが―――

 

「あの、師匠。そろそろ教えてくれてもいいんじゃないですか?」

「ん〜?何を?」

 俺が用意した朝食兼昼食を口に運びながら、師匠がきいてくる。

「何って、季節を動かす魔術ですよ!」

「あ〜だめだめ。あんたにはまだ早いわよ」

 毎度繰り返される師匠の言葉。いつもの俺ならここでしぶしぶ納得してしまうのだが、

今日の俺は一味違かった。

「本当にそうですか?」

 珍しく食い下がる俺に、師匠が眉をぴくりと上げる。俺はにやりと不敵な笑みを浮かべ

た。

「師匠が課題として出してきた低級魔術、中級魔術は全て使いこなせるようになりました。

応用もきかせることができます。上級魔術も完璧とまではいきませんが一通り使えますよ。

これでも、まだ早いですか?」

「……言うようになったじゃないの。言っておくけど季節を動かす魔術は超上級魔術よ?」

「どんと来いです!」

 胸を張ってみせる俺に、師匠はふうと息をつく。長い髪をかき上げ、

「別に……教えてあげてもいいけどね」

「本当ですか?」

「ただし!」

 師匠が人差し指を俺の顔の前に突き出してきた。妙に真剣な顔で一言。

「あんたに国中を荒野にする勇気があればだけど」

「は……?」

 荒野?国中を?

「ど…どーいう意味だよっ、それ?」

「あんたね……。考えてもみなさいよ」

 師匠は皿の上のミートボールをフォークで突つきながら俺の目をじっと見た。

「この30年間、ず〜っと雨だったのよ。皆この環境に順応しきっている。ここで急に夏

の強い日差しでも浴びてごらんなさい。国中の生物が死滅するでしょうね」

「な……っ」

 俺は言葉をつむぐことができなかった。

 何だよ、それ?この女、それをわかってて?

「……だましたな」

「何よ。あたし、嘘なんてついてないでしょ」

「ぐ……」

 正論。言い返すことができない。俺は力なく椅子にもたれかかった。

 何だよ。それじゃ、全部俺の空回りだったってことか…?

「……でも、まぁ、正直あんたみたいな子供がここまでやるとは思わなかったわよ」

「褒められたって嬉しくねぇ」

「あら、じゃあご褒美もいらないわけね?」

「ご褒美?」

 顔を上げた俺に、師匠はにっと笑ってみせた。

「今夜だけなら夏を呼んであげてもいいわ」

 

 夜。屋敷の庭。師匠は大きな魔方陣のど真中で何やら呪文らしきものをとなえていた。

 超上級魔術だっていうから俺にはまったく理解できないけど。

 師匠が右手を高く掲げる。すると……

「雨が……」

 俺は目を瞬かせた。

 やんだ。30年間、降り続けていた雨がやんだのだ。そして雲が晴れていく。俺は息を

するのも忘れて空を凝視していた。

 黒…いや、暗い蒼だ。一面に金色の宝石のような物が散らばっている。

「あれは星よ。夏の夜空は綺麗よね。昼間は最悪だけど」

 いつのまにか俺の隣に立っていた師匠が、面倒そうに呟いた。

「あらら、これはお祭りでも始まりそうな勢いね」

 山の下――街の方に視線を下ろしながら師匠が続ける。街の明かりがいっせいにつき始

めていた。目を凝らすと、人々が外に出てくるのが見える。

「さて、あんたは何をしたいの?今日一晩だけなんだから、思い残しがないようにしなさ

いよ」

「何って……」

 えっと。何だろ。母さんが言ってた夏の夜にやるもの―――

「花火」

「花火?」

「うん。俺、花火を見てみたい!」

「花火……ね。まったく…」

 師匠は溜息をつくと呪文を紡ぎ始めた。パチンと指をならすと……

「う……わぁ……」

 空に光の花が咲いた。赤とか青とか緑とか。丸い形の大きな花。

 暗い夜空にうっとりするほど良く映える。

「あれが花火……」

「まぁ、ほんとなら人が造ったものを打ち上げるんだけどね。あたしのは魔術の応用」

「へ〜」

 俺は目を輝かせた。母さんもこの空を見ているだろうか?きっと懐かしいと喜んでいる

に違いない。

「まぁ、今日一晩。楽しみなさいよ。あたしは屋敷に戻るわ」

「師匠!」

 欠伸をしながら踵を返しかけた師匠を俺は呼び止めた。

「何?」

 振り向いた師匠に俺は声を張り上げる。

「俺、いつか絶対!この国に夏を取り戻してみせます!!」

 そんなこと、師匠は不可能だっていうんだろうけど。

 でも、きっと何かあるはずだ。

 皆が笑って夏を迎えられる方法が。

 師匠は――師匠にしては珍しく――「くくく」と笑った。

「やれるもんならやってみなさいよ」

「はい!」

 

 この雨がやんだら何をしようか?

 この空が晴れたら

 さぁ、何からはじめよう?

 

                                おわり

 

あとがきのようなもの

 乃唯さんのサイトの10000HIT祝いとして贈らせて頂いたものです。

 「夏っぽい」話ということだったのですが……夏?(笑

 いやはや中途半端ですな(汗

 

 何はともあれ乃唯さん、おめでとですv


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