い夢を見た


 目を開けると一面真っ赤だった。
 瞬きをする。まだ赤い。
 ――……何だろう、これ……
 真っ先に連想するのは血。
 でも、自分の血ではない。
 なら、誰の?
 視線を下に下ろしていく。
 肩にかかっているのは血まみれの手だった。
 そして、その手の主は―――


「ヘルムートさんっ!!」
 自分の声で目が覚めた。
 上半身を起こし、辺りを見まわす。
 赤くない。
 いつも通りの寝室だった。
「……夢……」
 妙にリアルな夢だ。はっきりとあの赤さが目に焼き付いている。
 それにしても何故
 ――ヘルムートさんが死ぬ夢なんて……
「っ」
 急に不安になり、ユージンは部屋を飛び出していた。
 暗い船内を無我夢中で走り、ヘルムートの部屋の前で止まる。
 ノックをした。返事がない。
「ヘルムートさんっ、ヘルムートさん!」
 必死になって名前を呼んだ。程無くしてドアが開く。
「…どうしたんだ、ユージン。こんな夜中に……」
 眠そうな顔を覗かせるヘルムートにユージンは思わず抱きついていた。
「ヘルムートさんが死んじゃったんですっ」
「…………は?」

 ユージンの話を聞くと、ヘルムートは肩を震わせた。
「笑い事じゃないですよっ」
 顔を真っ赤にしてユージンは訴える。
 胸が締めつけられて。
 息が止まってしまうかと思ったのだ。
「たかが夢だろう」
「でも、死んじゃうんですよ?」
「ユージンは俺に死んで欲しいのか?」
「そうじゃないです!そうじゃなくて……」
 何て言ったらいいだろう。紡ぐ言葉を探すが上手く表現できない。
「…ヘルムートさんは、怖くなること、ないですか?」
 戦いの中に身を投じて。
 いつ死ぬかわからない。
 怖くて体が震えることはないのだろうか。
 ユージンの質問の意図がわかったのか、ヘルムートは短く答える。
「いや、ないな」
「えっ」
「死ぬのを怖がっていたら戦うことなんてできないだろう」
 彼の瞳はしっかりとした強い意志を持っていた。
 何者にも負けない強い目。
 ユージンはゆっくりと息を吐き出す。
「…何か…ヘルムートさんって何も怖いものがないみたいだ……」
「そういうわけではないんだがな……」
「?」
 首を傾げるユージン。死が怖くないというなら、一体何が怖いというのだろう。
「大切な人を失うのは……怖い」
「……大切な人………って?」
 尋ねてみると何故かヘルムートはがくっと肩を落とした。どこか恨めしげな目でこちら
を見てくる。
「…わからないのか?」
「え。僕の知ってる人ですか?」
「……」
 今度は大きな溜息。沈黙が続いたので、ユージンは慌てて取り繕う。
「あ、でもヘルムートさんの気持ちわかります。僕もヘルムートさんが死んじゃうって思
ったら凄く怖かったし……」
「……」
「ヘルムートさん?」
 俯いた彼の顔を覗き込もうとすると腕を掴まれた。そのまま引き寄せられる。
 抱き上げられたことはあっても、こうして抱きしめられるのは初めてだった。
「ヘ…ヘルムートさん!?」
「大切だ。大切だからこそ護りたいし、壊したくないと思う。お前に会うまでは怖いもの
なんて何もなかったんだがな……」
「え…」
 ヘルムートの大切な人。失うことが怖い人。
 それって、もしかして―――
「………僕………?」
「鈍いにも程があるぞ、ユージン」
「えっ、でも……え!?」
 小さなパニックを起こすユージンにヘルムートは「くくく」と肩を震わせ笑う。
 止まらない。
「ちょ…っ。いつまで笑ってるんですかっ」
「いや…すまない。ははは」
 本当におかしそうに笑うので、終いにはユージンも笑い出していた。
 最初は純粋に憧れているだけだった。
 でも今はこの人が大切だ。大好きだ。
 少しでも長くそばにいたいと、願わずにはいられない。
 ユージンはヘルムートの背中に腕を回し、ぎゅっと力を込めた。


 死ぬのは怖くないとあなたは言うけれど
 僕はあなたが死ぬことが何よりも怖い
 だからこの手は離さない
 あなたと離れないように
 あなたが離れていかないように


「ヘルムートさん」
「何だ」
「一緒に寝てもいいですか?」
「え……」


 この手は絶対、離さないんだ



・オマケ〜次の日のヘルムートさん〜・
ハーヴェイ「あれ、ヘルムート。随分と眠そうだな。昨日寝れなかったのか?」
ヘルムート「ああ…。理性を保つのに必死でな……」
ハーヴェイ「はあ?」

■あとがきという名の言い訳
ヘルユー第2弾。
今回はユージン視点です。
うちのユージンくんは超天然記念物級に鈍いので、付き合っていくヘルムートさんは大変そうですね。
ヘルムートの好きは恋愛感情の好き。
ユージンの好きもそれに近くはあるのですが、本人まったく自覚ありません。
ヘルムートさん、それがわかっているので下手に手は出せないわけです。
毎日理性との戦い。
そろそろ限界なようですよ?(笑

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