じゃないけど愛してる


 この気持ちは恋じゃない

 だって恋しちゃいけないもの

 どんなに好きでも愛していても恋と呼んだらいけないの

 

「あ、風ちゃん。ご飯つぶついてる」

「え?ああ…ほんとだ。さんきゅー」

 昼休みの屋上で私と風ちゃんは並んでお弁当を食べていた。周りから見れば仲の良いカ

ップルに見えているに違いない。でも、私と彼の関係はかなり特殊だった。

「つーかさ、さやちゃん。そろそろパパって呼んでくれない?」

「嫌だよ。同い年なのに」

「俺の方が誕生日早いじゃん」

「たったの二日でしょ。第一、籍はいれてないし、式だってまだじゃない」

「そりゃそーだけどさぁ……」

 風ちゃんは顔をしかめる。

 矢島さやと大谷風馬。

 私達二人は三ヶ月後、親子になる予定なのだ。

 それにしても無茶な話よね。

 私も彼も18歳で同い年。母親が彼を紹介してきたときは本当に心臓が止まるかと思っ

た。自分の娘と同い年の男と再婚する母親なんて信じられる?父親だなんて思えるわけな

いじゃないの。

「何かさやちゃん、他人行儀だよね」

「だってまだ他人だもん」

「そんなこと言うなよ〜。パパ寂しいぞ〜」

「うわっ、ちょ……っ」

 抵抗する前に私は風ちゃんに抱きしめられていた。

「や…やめてよ。恥ずかしいでしょっ」

「いーじゃん、いーじゃん。親子のスキンシップ♪」

「〜っ」

 風ちゃんは冗談めかして言うけれど、私の中じゃ冗談ではすまされない。

 不意打ち過ぎるよ、こんなの。

 こんなに近くちゃばれちゃうじゃない。

 心臓の音が速いこと。

 ずっとずっと隠している私の気持ち。

 知られちゃいけないこの気持ち。

 一年前、風ちゃんに出会った時からの―――

 

 私は重い買い物袋を両手で持って、かなりの低スピードで歩いていた。

 中身はお米とお酒のビン。

 母さんに頼まれたものだ。

 自分で買いに行けばいいのに。

 だいたい重いお米と、これまた重い酒瓶を一緒に娘に持たせるなんて、どーゆー神経し

てんのよ。こんなんだから父さんはいなくなったんだ、絶対。

「…ふう」

 私は息をついて袋を地面に置いた。時々こうしないと本気で手がおかしくなる。私は再

び袋を持ち上げようと力を込めて―――

「持とうか?」

「へ?」

 顔を上げる。同い年くらいの男の子が微笑んでいた。

 どこかで……見たことがある。

 ああ……そうだ。学校だ。

 隣のクラスの、名前は確か―――

「大谷風馬だよ。矢島さやさん」

「私の名前……」

「ほら、貸して」

「あ」

 大谷くんはひょいっと袋を持ち上げてしまう。

「うおっ。けっこう重いね、これ。よく持ってたな〜」

「あの…っ」

「いいっていいって。方向一緒だからさ」

「あ…ありがと」

 私は歩き出し、横目でちらりと大谷くんを見た。こんなに間近できちんと見るのは初め

てだ。けっこうモテるみたいだから、名前と顔は何となく知っていたけれど。

 私の視線に気づくと、大谷くんはにこっと微笑んだ。

 思わずどきっとする。

「何?」

「な…何でもないっ」

 何となく……何となくだけどわかったかも。

 大谷くんがモテる理由。

 顔が凄くいいってわけじゃない。

 背だってそんなに高くない。

 でも…あったかいんだ。

 笑顔があったかいんだ。

「大谷くんは何してたの?」

「散歩散歩。そしたら困っている乙女を見つけたから、これはお助けせねばと思ってね」

「何それ」

 私はクスクス笑う。

 顔が熱かった。

 きっとこれは「恋」ってやつで―――

 

 その後、家まで送ってくれた風ちゃんを、母さんが私に「彼氏よ」と紹介してきて大シ

ョック。二日で立ち直れた私ってけっこう凄いと思う。

 母さんってば何やってるんだか。父さんだってあきれるよ、きっと。

 母さんのお相手なら仕方がない。まだ色々と納得いかないけど、私は風ちゃんのことを

恋愛対象としては見ないようにした。

 したんだけど……

「人の心って上手くいかないもんだよね」

「へ?何、さやちゃん」

「何でもない」

 今だって、風ちゃんの傍にいるとドキドキする。

 止められなかったんだ。この一年間。

 三ヶ月後、私達の卒業の日、風ちゃんと母さんは結ばれる。風ちゃんは私の父さん。

 だから、この気持ちは恋じゃない。恋と呼んじゃいけない。

 どんなに好きでも愛していても。

 これから家族愛に変えていかなくちゃ。

 いいじゃない。形はどうあれ、好きな人と一緒に居られるのだ。

 でも

 でもやっぱり、納得できない自分がいて―――

「…ねぇ、風ちゃん」

「ん?」

「母さんじゃなくて、私じゃ駄目かな」

 冗談めかして言ったけど、半分本気だった。風ちゃんはしばらく黙っていて、急に私を

抱きしめる手に力を込めてくる。

「うわっ。さやちゃんってば可愛いこと言ってくれるねぇ」

「ちょ…っ、離っ……」

 どうしよう。凄く恥ずかしい。言わなければよかった。

 俯く私の耳元に―――

「駄目ってことはないんじゃない?」

 風ちゃんのささやき声。

 私ははっと顔を上げた。驚いた表情の私に、風ちゃんが微笑む。

「何せ、人の心はどうなるかわからないからね」

 

 この心は恋じゃない。

 だって恋しちゃいけないもの。

 どんなに好きでも愛していても、恋と呼んだらいけないの。

 

 でも、心は自分じゃどうにもできない。

 どうなるかだってわからない。

 

 だから―――

 

 この気持ちは「恋」と呼んでもいいのかな?

 

                              おわり

 

あとがきのようなもの

 ひらさんさんへの復活祝いに書いたモノです。

 書いていて恥ずかしかった…(笑

 恋愛モノって照れますね。


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