「唯は? もう帰った?」
茶色の髪。耳にはピアス。眉がなく、明らかに柄の悪そうな生徒。
彼は2年A組のドアから顔を出し、近くにいた女子生徒に尋ねた。煙草の匂いが教室に溢れた。
「唯ちゃんは……すぐ屋上に上がって行きましたよ」
「そ、ありがと」
彼はすぐに駆けて行ってしまった。
「今のって、3年の、丘里薫とかいう人?」
「うん。コワー」
「ていうか唯の何? カレ?」
「唯やんは幼なじみって言ってたよ」
「ホントー? あ、あたしあの人が廊下歩きながら煙草吸ってるの見たー」
「マジ? 学校内で? すごー」
クラスの女子の話題は彼に移った。
放課後の階段を駆け上がった。いつもは行かない時間帯。いつもはゆっくり上る屋上への階段。
今日は特別。大事な話があるから。すこしためらってからドアを開けた。
風が吹き抜け、薫の髪を揺らした。
少し明るめ黒の肩まであるあまり綺麗ではない髪。ちいさな背中。あぐらをかいた細い足。
「唯……?」
はっと少女、新富唯子が振り向いた。薫の顔を見て、顔がほころぶ。
「なんや。薫か。どしたん?」
「どしたんじゃねぇよ。何してんの?」
「……部活にな、行こうか行くまいか考えとるところ」
あぁ、と薫はそっと唯子の包帯が巻かれた左足に目をやった。
その下にはギブスが隠れていて、彼女の足の指の骨をしめつけているのだろう。
全治4週間。左足の小指を剥離骨折。部活に早く行こうと階段を駆け下りていて足を滑らせたそーだ。
唯子は運動出来るくせにドジでトロい。バカだしね。
「一人で立てんの?」
「うん、べっちょない。右に力を込めたらいける」
唯子はフェンスをもたれながらゆっくりと立ち上がった。な? と笑う。
「立たなくてもいいよ。座ってた方がラクっしょ」
薫は唯子の隣に座って、彼女のスカート引っ張った。
「うん」
唯子はまたゆっくりと座った。
「薫、なんで来たん? 一緒に帰ろうって事?」
「うん。まぁ」
「じゃぁ部活行かんと帰ろーっと」
薫はその方がいいよ、と呟き、煙草を咥えてポケットからライターを取り出し火をつけた。
「吸い終わるまで待ってね」
「くさっ。人の隣で吸うなや! 制服に臭いのうつるやろ!」
唯子は手を振り回す。薫はにやにや笑って言った。
「いーじゃん。別に」
「よーないわ! ハゲ!」
唯子はため息をついて手を下ろし、ぼんやりと校庭を見つめた。陸上部の部員達が走っているのが見えた。
「ねぇ、体育祭は? 出んの?」
しばしの沈黙を破ったのは薫だった。
「出るよ。絶対出たるわ」
「そ。じゃ文化祭は?」
「そりゃ運動せんかったら大丈夫やから出るよ」
「へー。じゃダンパは?」
「ダンパ?」
唯子は首をかしげる。
「運動できんのやから出るワケないやん。何なん?」
薫は煙草の煙をふぅと吐き出して言った。
「俺さ、1年の時は3年とケンカしてて出れなかったし、2年の時は唯が急におたふく風邪になって
お見舞いにいったから出れなかったしで、一回もダンパでてないの」
「へぇ」
「何へぇ?」
「うっさい! そんで?」
だからさ、と薫は言葉を切った。唯子は続く言葉を待った。
「一緒に行こ。踊らなくてもいいから。見るだけでもいいから。俺も見るから」
そんなんひとりで……と言おうとしてやめた。
薫は唯子を見ず、運動場ばかりを見ていた。唯子は薫の横顔をみつめた。
なに、こいつ、照れとん? 顔が赤くなるのが分かった。
「……しゃーないなぁ。行ったげてもええけど」
「そ。じゃ、帰るか」
薫は唯子に向かってにっと笑って立ち上がった。
「ちょっ、待ち。やっぱちょっと肩貸して」
薫は唯子を抱きかかえるように立たせてやった。
「……肩貸してくれるだけでよかったのに」
唯子の顔がすこし赤かったのは気のせいじゃない、かもしれない。
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