い降りた少女


 そこは堅く頑強な壁に囲まれていた。

 東方の島国の一角に位置する地域。

 完全隔離地区。

 人々は皮肉を込めてストレンジワールドと呼ぶ。

 更にそこに住む者達は”変異体”と呼ばれていた―――

 

「え〜っと……。君が?」

 ヤマトは戸惑っていた。

「はい。如月碧斗の妹の碧音と申します。

 よろしくお願いします。」

 深々と礼をする碧音に、頭をかく。

 予想外だ。

 てっきり男が来るのかと思っていた。

 そうじゃなかったら思い切り気の強い女とか。

 だが、目の前の少女は目をふさぎたくなるほど弱々しい。

 長くウェーブのかかった髪も肌の色も薄かった。

 体格も何となく頼りない。

 やせすぎとまでは言えないが。

 しかも、総理大臣である碧斗の妹だと?

「…本当に大丈夫?ここってけっこう君みたいな子にはキツイと思うけど……。」

「大丈夫ですっ。」

 胸をはる碧音。

「サバイバルの勉強ならばっちりしてまいりました。

 一人で火だっておこせますわ。」

「いや、そーいう問題じゃなくて……。」

 ヤマトは頭を抱えたくなった。

 この少女はわかっていない。

 勘違いしている。

 ここはそれ程甘い場所ではない。

――何でこの子を来させた?碧斗。

 彼の考えがヤマトには見えなかった。

「お兄様のお名前は何というのですか?」

「え?」

 あまりに唐突な問いかけだったので、ヤマトは聞き返す。

「お名前です。まだきいてませんでした。」

「…ヤマトだけど……。」

 名字は持っていない。

 ここに来るときに取られてしまった。

 何の意味も成さないからだ。

「まぁ、素敵なお名前ですわ。」

 何に感動したのか目を輝かせる碧音。

 ヤマトは眉をひそめた。

「素敵って……どこが?」

「伝説上の英雄――ヤマトタケルノミコトと一緒のお名前ですもの。

 きっとヤマトさんは勇気があってお優しい方なのですね。」

「っ。」

 一瞬、冗談か何かだと思った。

 だが碧音の表情は真剣だ。

 本気で……言っている。

 ヤマトは苦笑した。

「…面白い子だね。でもその考えは間違ってる。

 僕には勇気はないし、優しくもないよ。」

「そうでしょうか…?」

 碧音は納得がいかないようだった。

――何か…不思議な子だな。

 考えていることがまったくわからない。

 兄・碧斗とはまた違った理由でつかめない人間だ。

「とりあえず外に出よう。ここの住人を紹介するよ。」

 

 ほぼ予想通りの展開にヤマトは頭をかいた。

――やっぱ抵抗する気だな。あいつ。

 妙なことにならなければいいが。

「何もありませんね。」

「ああ、ここはね。

 もう少し奥に行けばちゃんと家があるよ。」

「皆さんは?」

「さぁ、どこだろうねぇ。」

 ヤマトの読みが正しければ、そろそろ……

「いた……っ。」

 何かかたいモノが頭に当たり、碧音は顔をしかめた。

「うぅ〜…何ですかぁ?」

 たて続けに2,3発。

 肩に足に背中に―――

「ふえ……?」

 顔面目がけて飛んできた石に、碧音はぽかんと口を開く。

 当たる

 と、思った瞬間、目の前に手が現れ石を受け止めた。

 ヤマトは石を地面に捨て、空を睨む。

「やめるんだ光先、みんな。こんなことしたって何にもならないだろ。」

 反応はない。

「光先!」

 どこからか「ちっ」という舌打ちが聞こえた。周りに立つ木の上からいくつかの人影が

落ちる。全部で六つ―――

 いずれもまだ若い少年少女だった。

「どーいうつもりだよっヤマトっ!」

 光先がヤマトに食ってかかる。

「女の子に石投げるのはさすがにマズイだろ」

「お前、”外”の人間を信用すんのか!?」

「そういうわけじゃないけど……」

 ヤマトは横目で碧音を見た。彼女はぽんっと手を打つ。

「皆さん、はじめまして。如月碧音と申します。今日からよろしくお願いしますね」

 頭を下げる碧音に光先達は顔を見合わせた。

「あんた……状況わかってる?」

「はい?」

「俺達はあんたを認めないって言ってんだよ」

「ええ!?」

 心底意外そうな声をあげる碧音。しばらく固まってから時計を見てにっこり笑う。

「まぁ、それはともかくもうすぐお昼ですわ。おいしいお昼ご飯を作りますから楽しみに

していてください」

「俺の発言をあっさり無視すんなっ!」

「だってお腹が空いていては、きちんとお話できませんもの」

「〜!!」

 光先は顔を真っ赤にして踵を返した。その後に他の者達が続く。

「いきなり嫌われてしまいましたわ……」

「まぁ、そりゃあねぇ…」

 はじめから”外”の人間を良く思っていないのだ。あの子達もヤマト自身も。

「あら?」

 ズボンの裾を引っ張られ、碧音は小さく声をあげた。下に視線をおろすと、六歳ほどの

少年の顔が目に入る。

「お姉ちゃん、何しに来たの?」

 碧音はしゃがみこみ、大きな目をいっぱいに広げた少年の顔を仰いだ。

「私は皆さんとお友達になりにきたんです」

「友達……?」

「こらっ、真人(まひと)っ!はやく行くぞっ」

「あ〜……うんっ」

 光先の声に真人と呼ばれた少年はあわただしく走り去っていった。どうやら光先がリー

ダーらしい。

「ヤマトさんってここの管理人でしたよね?」

「一応ね。住民でもあるけど」

「ここには他に人はいないんですか?」

「いない」

 碧音は立ちあがり、ヤマトを怪訝そうな顔で見る。

「いや……そんな顔されても困るんだけどね。当然だけど15年前はそれなりの人数がい

たんだよ」

 完全隔離地区が完成し、全国的な”変異体狩り”が行われたのは15年前のことだ。何

人もの変異体が一箇所に閉じ込められた。

 変異体とは、ごくたまに生まれてしまう普通の人間と違った性質を持つ人間のこと。原

因は100年前に行われた核実験の後遺症だといわれている。彼らに対する人々の迫害は

年を重ねるごとにエスカレートしていった。全ての者が彼らを人間として見ていなかった。

「やっぱり、こんなとこで生きていくのキツイんだろうね。自分で命を絶ったり、衰弱死

したり……。定期的に新たな変異体が入って来たりして、増えたり減ったりの繰り返し。

とうとう今じゃ僕が最年長だよ」

 苦笑するヤマト。

「ヤマトさんはおいくつなんですか?」

「いくつに見える?」

「え〜っと……」

 碧音は顎に人差し指をあて考え込む。

「私より少し年上で……17歳くらいでしょうか?」

「やっぱ、それくらいかぁ」

 肩をすくめるヤマトに碧音は首を傾げた。

「……違いましたか?」

「ま、当たらずとも遠からずってとこかな」

「はぁ」

「それより、お昼ご飯作るんだろ?手伝うこととかある?」

「あ」

 碧音は「そーでした」と手を叩き、背中のリュックをおろす。中身をごそごそとあさり、

「何がいいですか?材料いっぱい持ってきたんで、だいたいのものは作れますけど」

「え……そんなこと急にきかれても……」

 戸惑うヤマト。だいたいここでは料理と呼べるようなものは食べていない。木の実をと

ったり、魚を釣って焼いたりして食べているだけだ。突然、正式な料理名を出せと言われ

ても……

 

”母さんが腕によりをかけて作ったんだからね。死んでも残すんじゃないわよ、ヤマト”

 

 ふいにセピア色の光景がヤマトの頭をよぎった。

「……オムライス」

「え?」

「オムライスが食べたい……かな。僕は」

 碧音は満面の笑みを浮かべる。

「オムライスですね。わかりました。腕によりをかけますわ」


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