ール越しのシンデレラ


 教えてください

 私はいらない人間ですか?

 

 



 

 

 騒がしいメロディーで俺は目を開く羽目になった。何でメール着信音をトルコ行進曲な

んかにしたんだろう、俺。しかも音量最大。我ながら謎。

 もそもそとベッドから半分這い出して、目覚し時計の隣に置いてある携帯に手を伸ばす。

 メール受信・一件・送り主<あずさ>

 

『件名:ハッピーメリークリスマス!!

    おはよう、ゆーちゃん。クリスマスだよ、クリスマスっ!って言っても今日はイ

    ブだけど。あ、ごめん。もしかして寝てた?』

 

 ゆーちゃん言うな。俺は三枝悠大!正真正銘男なんだからさ。

「…寝てたよ」

 午前六時。学校がなけりゃこんな早い時間に起きるわけがない。俺は抗議のメールを返

した。しばらくしてあずさからの返信がくる。

 

『件名:あはは

    ごめんごめん。今日の夜空いてる?会いたいんだけど』

 

 俺はどきっとした。彼女ができて初めてのクリスマスイブ。そんな日に彼女本人からお

誘いがかかるとは……

 俺は一度深呼吸をするとメールを打つ。

 

『件名:ふふふ…

    え?場所?さーてどこでしょー。まだ秘密。五時ごろまたメールするよ。じゃ。

    あ、二度寝はダメだよ?』

 

 そんなことするもんか。すっかり目が冴えてしまった。

 

 俺が川上あずさと出会ったのは約半年前。公園の木の下でうずくまっていたもんだから、

思わず声をかけたんだ。

 涙で濡れた大きな瞳が俺を見上げて―――

 どきっとしたのを覚えている。

 

「わっ!!何っ、どーしたんだよ!?えーっと、ハンカチハンカチ……」

 俺は慌ててポケットの中を探った。指にあたったのは昨日食べた飴の袋。

「……ごめん。持ってないや」

 もしかしてこれってめちゃくちゃ格好悪い?

 けれど彼女はおかしそうに笑い出したんだ。

「びっくりしたー。話しかけてきたのあなたが初めて。この公園あまり人が来ないから油

断してたよ」

 確かに公園には俺達以外誰も居ない。俺はたまたま用事がある先に行くのに、公園突っ

切った方が近道だから通ったんだけど。

「君はよくここに?」

「う〜ん…。まぁ、家じゃ泣けないから」

 

 シンデレラみたいな話だと思った。

 数年前にたった一人の家族である父親を亡くし、あずさは遠い親戚に預けられたらしい。

現在の家族構成、義母に義姉二人。てゆーか、まるっきりシンデレラ?

 いや、あずさの場合シンデレラより状況最悪かも。部屋も与えられず、食事も自分だけ

作ってもらえず、ほぼ無視されているそうだ。まるでその家にはあずさという人間なんて

居ないかのように。

 本当に……しんどいと思う。

 泣く場所すらない彼女は、度々公園に来ては一人きりで泣いていたのだ。

 それから俺は毎日のように公園に通い、彼女の愚痴を聞いてやった。そのうちにお互い

惹かれあっていって……

 まぁ、今に至るわけだ。出会ったばかりの頃と比べると彼女も随分明るくなった。

 笑うようになったんだ。

 

 メール受信・送り主<あずさ>

『件名:銀世界!

    ゆーちゃん外見た?すごい雪!明日まで降り続けばホワイトクリスマスだね――

 

 そこまで読んで俺は曇っていた窓ガラスを手でこすり、そこから外を見た。

「うっわ……」

 思わず声をもらす。白い粉が暗い空からひらひらと舞っていた。地面にはすでに雪が積

もり始めている。

 

    ―――ゆーちゃん、外に出てくれる?』

 

 時刻は五時ジャスト。準備万端だった俺はすぐに部屋を出た。家の鍵をかけ、携帯を取

り出すとまた新着メールが一件。

 

『件名:出た?

    外に出たら適当に歩き回りながらこのメールを読んで。

    本当は電話がいいんだけど……私、上手く話せる自信がないから……』

 

「……?」

 俺は顔をしかめつつも指示に従った。画面をスクロールさせていく。

 

『三日くらい前からね、義母さん達旅行に行ってて私今家に一人なんだ。暇だったから家

の中を見まわしてみたんだけど……私の物がないの。お皿も茶碗もコップも三つしかない

の。飾ってある写真にも私の姿は一つもなくて。お揃いのバッグも私の分だけない―――。

改めて思ったよ。ああ、この家には川上あずさなんて人間は居ないんだなぁって』

 

 おいおいちょっと待て。

 ちょっと待てよ、あずさ。

 

『だったら私はどこに居るんだろう。どこに居ればいいんだろう。それ以前に居ることに

意味があるの?』

 

 俺は歩調を速めた。じれったくなり走り出す。

 

『教えてください。私はいらない人間ですか?』

 

「……んの、バカっ!」

 

 俺は携帯をコートのポケットに突っ込み、雪の上を全速力で駆け抜けた。

 

 何でだよ。何でだよ、あずさ。

 何でそんな悲しいことをきくんだ?

 俺は情けなさで泣きたくなった

 彼女にこんなことを言わせてしまうなんて

 苦しんでいる彼女を救ってやれていなかったなんて

 あずさ

 あずさ、きいてくれ

 その質問の答えは―――

 

「あずさ!?」

 いつもの公園。案の定彼女はそこに居た。薄く積もった雪の上に横たわっている。俺は

慌ててかけより、彼女の体を揺さぶった。

「あずさっ、おいっあずさ!」

 ぴくりとも動かない。

 俺は顔から血の気が引いていくのを感じた。

「っざけんな、こらっ!何やってんだよっ、冗談じゃねーぞ!」

 一しきり怒鳴ってから肩を落とす。雪の上に膝をついたもんだから、ズボンが濡れてし

まっていた。冷たい。冷たいって。

「………あずさ…」

「―――驚いた?」

「うわぁぁぁあっ!?」

 急にあずさが目を開け上半身を起こしたので、俺は妙な声を出して飛びあがる。

「あーずーさー」

「あはは……。ごめん」

 ごめんですむか。本気で心臓が止まるかと思った。

 睨む俺の視線を避けるように、あずさは俯く。

「私ね、カケをしてたの」

「カケ?」

 小さく頷く彼女の唇は小刻みに震えていた。

 上手く話せないというのはこういうことか。

 涙を……こらえている?

「もし、ゆーちゃんが来てくれなかったら、私は必要のない人間だから死のうって―――」

「あずさっ」

「でも、もし来てくれたら―――」

 あずさはそこで息を詰まらせた。少しずつ声を搾り出す。

「私……生きていても…いいのかなぁって……」

「っ」

 瞳から雫が溢れるのと同時に、俺はあずさを抱きしめていた。

 強く強く

 彼女が離れてしまわないように。

「…お前、本当はバカだろ」

「うー……」

「安心しろ。あずさの居場所はいつだってここにあるよ。いらない人間なわけあるか。少

なくとも俺はあずさが必要なんだから。それで……充分じゃないか」

「…ゆーちゃ……」

「そばにいるから。……泣くな」

「…ふ……」

 あずさは俺の胸に顔をうずめ、声をあげて泣き出す。肩や頭に雪が降り積もったが、彼

女の温もりで寒くはなかった。

 

「♪今日は〜楽しい〜クリスマス〜」

「イブだよ、まだ」

 イルミネーションが輝く商店街の中を俺達は歩いていた。やはりどこを見てもカップル

だらけだ。

「も〜。水差さないでよね、ゆーちゃん。あ、あれカワイー!」

 あずさが喜々としてかけよったのは、アクセサリー店のショーウインドウ。俺は苦笑し

て彼女の横に並び視線の先を追う。ガラスの靴のイヤリングだ。

「かわいー。ほしー」

「確かに可愛いけど……」

「けど?」

 俺は少し目線を上げ、飛び出そうになる心臓を抑えながら言った。

「ガラスの靴なんてなくても、俺が幸せにしてやるよ」

「え?」

 彼女はきょとんとし―――やがてぼっと真っ赤になった。俺の背中をバシバシ叩く。

「うわっ、照れる!照れるよ、ゆーちゃん!」

「俺だって恥ずかしいよ!あ〜……」

 俺は右の手のひらで顔を覆った。彼女の方が見れない。心臓が有り得ない速さで動いて

いた。

「うん、でも……」

 あずさが俺の左手を握り締める。

「嬉しいよ。凄く嬉しい」

「……ああ」

 彼女の手を握り返しながら、俺は顔から手のひらを外した。

 横を向けばきっと彼女が笑っている。

 そしたら俺も笑うんだ。

 

 ずっとずっと一緒にいようって―――

 

                                Fin

 

 

葉月りらさんのサイトの一周年&二万打お祝いに捧げたモノです。

半ば強引に(笑

 

「そんなロミオとジュリエット」に続き世界名作シリーズ第二弾。

いつの間にシリーズ化!?って感じですな。

そのうち人魚姫とかシンドバッドとか出てくるかも。

 

一応クリスマスのお話ですよ。

少しでも暖まって頂ければ幸いです。


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