lank〜いつかきっと〜


 何かが見える

 何も感じない

 何かが聞こえる

 何も感じない

 それは自然なのか不自然なのか

 それすらわからずに

 何もわからずに

 だから歩く

 なのに歩く?

 何が欲しいのか

 何か欲しいのか

 わからないまま

 今はただ、歩いているんだ―――

 

 

 星夢(せいむ)は走っていた。肩で切りそろえた栗色の髪を揺らして、青い瞳は前だけ

を見ている。足に絡み付いてくる草が邪魔だと思った。

 速く走らなければならないのだ。あれから逃げる為には。

 速く速く速く―――

「きゃ…っ」

 木の根に足を取られ、つまづく。膝をついてしまってから、星夢は慌てて後ろを振り返

った。

 黒く大きな影。

 アルメキアとかエルメキドとかそんなような名前の魔物だった気がする。頭が混乱して

いて、良くは思い出せないけれど。

 ――殺される……っ

 星夢は頭を抱え込み、目を閉じた。

 が―――

「ぎぃああああああ!!」

 衝撃の代わりに聞こえる悲鳴。

「……?」

 星夢は顔を上げる。

「よ。大丈夫かい?お嬢ちゃん」

「倒したの俺だけど」

「いーじゃん、いーじゃん♪」

 魔物の代わりに立っていたのは二人の少年だった。

 一人は灰色の髪で、それと同じ色の瞳を楽しげに細めている。

 もう片方は金髪に赤い瞳の無表情―――

 金髪。赤い瞳。

 その特徴に、星夢は覚えがあった。

「……ブランク……?」

「お、そらくんったらゆーめーじーん♪」

「うるさい」

 金髪が灰髪を小突いた。

 

 ブランク。

 遺伝子操作で造られた人間兵器。

 特徴は血のような赤い瞳、そしていっさいの感情がないこと―――

 

 話によると、灰色の方が季杷(きさら)、金色の方がそらという名前らしかった。

「んで?星夢ちゃんは何でこんな魔物うじゃうじゃの森にいるのかな?」

「…家出…したの」

「家出?どーしてまた…」

 季杷の問いに星夢はぽつりぽつりと話し出す。不思議と素直に言葉が紡げた。初めて会

う赤の他人だったから話し易かったのかもしれない。

「はぁ。好きでもない男と無理矢理結婚ねぇ…。有りがちだけど、そりゃ嫌だわ」

「でしょ!?冗談じゃないわよ!」

 声を荒げる星夢。そこでずっと黙っていたそらが口を開いた。

「何。そんなに嫌なわけ?」

「当たり前じゃない」

「なら、嫌って言えばいい」

「へ…?」

 その言葉はあまりにあっさりしていて、あまりに真っ直ぐすぎて―――

 星夢はぽかんと口を開けた。

「そ…それはそーだけど…。そんなの無理に決まってるじゃない」

 星夢の父親は村長だ。逆らえるわけが……

「何で?言うだけじゃん」

「…」

 虚ろなそらの赤い瞳を見て、星夢は「ああ、そうか」と思った。

 彼はブランクだから。感情がないからそんなことが言えるのだろう。

「あのね、私は―――」

「ふせろ」

「え……っ」

 突然そらに抱きしめられ、星夢は目を見開いた。そのまま押し倒される。

「え!?ちょ……っ、な…っ!!」

「黙れ。魔物だ」

「ふぐ……っ!?」

 そらは左手で星夢のく血を塞ぎ、右手を後ろに突き出した。

 

 結局、星夢は魔物の姿を見ることはなかった。その前にそらが消し飛ばしてしまったの

だ。

「あああああ〜っ!!」

 星夢はそらを指差して叫ぶ。

「そらくんっ、手…!手!!」

「…?ああ……」

 そらは右腕を顔の高さまで上げた。手首の上から肘の下辺りまでぱっくりと切れ、血が

滴り落ちている。

「大丈夫。痛くないし」

「大丈夫なわけないでしょーが!季杷くん、水くんできて!!」

「え!?ああ…おう!」

 星夢は季杷に指示を出すと、そらの腕にハンカチを押し付けた。

 血を止めなくては。

「もう、何で私なんかかばったのよ?今日初めて会った人間なんだよ?」

「何となく……体が動いたから」

「それって……」

 星夢は違和感を覚えた。今のはブランクが…感情のない者が言うようなセリフだろう

か?

「そらくん達は……何してるの?」

「旅」

「何の?」

「わからない」

 淡々と応えるそら。右手を星夢にゆだねたまま、彼は空を仰ぐ。

「ただ…俺は何かを探してる。それが何かはわからないけど」

 探している。

 見えない何かを

 手には掴めないものを。

「それって……感情?」

「かもね…。だとしたら不可能か」

 まったくの無から何かを生み出すことはできない。けど―――

「あのね、そらくん。ちょっと聞いてくれる?」

「何?」

「私はブランクでもそらくんみたいな意志があれば、感情持てると思うんだ」

「……?」

 そらは訝しげな顔をする。星夢の言葉の意味がわからなかったのだ。

「例えば…例えばだよ?ここにビンがあるとして……。もし、このビンに水がいっぱい入

ってたら、それ以上何も入れることはできないよね?」

「……ああ」

「でも、もしも空だったら何でも入れることができるじゃない?」

 何でもいい。水でもジャムでも飴玉でも……

「そらくんの心もそれと同じだよ。空っぽならその分、何だって入れられる。私だってい

っぱいってわけじゃないしね」

 そう言って星夢は苦笑する。いっぱいな人間などこの世にはいないだろう。

「いつか空っぽのビンに何かが入る時がくるよ」

 そらは目を瞬かせ、

「よく…わからないな」

 無表情のまま呟いたのだった。

 

「そらくんのケガも大丈夫みたいだし、私帰るね」

 森の入り口で、星夢はそらと季杷を振り返った。

「家出はいいのかい?星夢ちゃん」

「う〜ん…。まぁ、そらくんの言う通り嫌って言ってみようと思うんだ」

 そらが何かを探しているなら、私も幸せになる方法を探してみようか。

 不思議と…そう素直に思えたのだ。

 星夢はそらの前に立ち、彼の手を握り締めた。

「きっと掴めるよ。そらくんの探しもの」

 にこっと笑うと、彼女は走り去っていく。手を大きく振り「またね」と声を張り上げな

がら。

 そらはその間ずっと握り締められた手を見つめていた。

 

「あのさぁ、そら?」

「何?」

「顔赤いけど、熱でもあんの?」

「え……」

 

 

 いつか空っぽのビンに何かが入る時がくる

 

 

                          おわり

 

 

待ってる人がどれだけいたのかいなかったのか謎ですが10000HITありがとう小説です

一応フリーにしますので、煮るなり焼くなり燃すなり好きにしてやってください☆

 

このお話の舞台となる世界は「Cog〜」と一緒だったり。

しかも現在のろのろと執筆中の「透明心色」という小説の短編版だったりします。

長編版はこれとは少し設定が違うんですよ(星夢が特に

 

まぁ、何はともあれ、10000HITありがとうございました!

これからも頑張りますので、よろしくお願いしますv


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