せの在り処


 幸せな奴ってさ、幸せそうに笑うもんだよな。

 なのに何であいつの笑顔は未だに影があるんだろう。

 いかにも「俺は不幸です」って顔でさぁ。

 シグルドと居て、それなりに幸せ感じてる俺としてはめちゃくちゃ気になるんだよ。

 あいつは俺と居ても幸せじゃないのかな。って。

 

「何故そんな話を俺にする」

「いや……ユージンと相思相愛幸せ絶頂なお前の意見を聞きたくて」

「……」

 ヘルムートはゴホンと咳払いをし、ハーヴェイから視線を外した。照れているらしい。

 ―――やっぱ、幸せなんじゃん

 口に出すと睨まれそうなので黙っていることにする。

「……とりあえず直接きいてみるしかないだろう」

「あー……。だよなぁ、やっぱり」

 それで素直に話してくれればいいのだが。

 ―――ムリだな、絶対

 ハーヴェイは深い溜息をついた。

 

 

 シグルドはそれはもうあっさりと答えてくれた。

 

「幸せじゃない」

「あ?」

「俺は……幸せなんてものは感じたことはないよ」

 

 何だと!?

 

 

 思わず部屋を飛び出していたハーヴェイは、甲板に出て頭を冷やすことにした。夜の甲

板は誰もいなくて肌寒い。

 幸せじゃない。感じたことがないとはどういうことだ。

 確かに今は争いの最中だ。だが、その中でも少しの幸せくらい感じるものではないのか?

 少なくともヘルムートとユージンは一緒にいる時幸せそうだ。

 ―――俺だって、それなりの幸せは感じてる

 一緒にいると楽しいとか。嬉しいとか。

 そういう幸せは。

「幸せじゃないって言うなら……」

 後ろに人の来る気配がしたので、ハーヴェイは口を開いた。

「幸せを感じないって言うんなら、何で抱いたりキスしたりすんだよ」

 わからない。

 全然わからない。

「言っとくけどなぁ。あれ、すっげー恥ずかしいんだからなっ。それでも好きだから……

悪くないかも……って思ってんのに……」

 触れられて心地よさを感じるのは相手がシグルドだからだ。

 なのに、彼は笑う。

 寂しそうに笑われたら、俺だって不安になるじゃないか。

「……俺も好きだよ、ハーヴェイ」

「っ」

 思わず振り返っていた。シグルドの顔を見て、唇を噛む。

「……信じられねーよ」

「どうして」

 俺が好きなら笑えよ。

 そんな笑顔じゃなくて、ちゃんと笑ってくれよ。

「ハーヴェイ、俺は」

 シグルドは少しだけ顔を歪め、言葉を紡いだ。

「俺には幸せになる資格はないんだ」

 

 部屋に戻るとお互いに黙り込んでしまった。

 ベッドにもぐりこみ、先程の言葉を頭の中で繰り返す。

 幸せを感じたことはない。

 否、幸せになる資格が無い。

「……………あ」

 

 つまりあれか。そういうことなのか。

 

 

「シグルドっ!!」

 布団を剥ぎ、彼を無理矢理起き上がらせる。シグルドは何が何だかわからないというよ

うにハーヴェイを見上げた。

 ハーヴェイは屈み込むとシグルドの胸ぐらを掴み上げ顔を近づける。

「馬鹿か、お前はっ!ジェレミーより馬鹿だと思うぞ。本気で」

「ジェレミーよりって……きついこと言うな」

「うるせぇ。いつまでもずるずるずるずると昔のこと引き摺りやがって!」

 幸せになる資格などない。

 何人もの人を殺めたから。

 ひたすらに、贖罪の日々。

 許されようとは思わないから。

 許されることなどないから。

 だから………幸せになんて―――

「あー、もう!腹立つなっ!!」

 シグルドにではない。

 彼の過去を打ち消せていなかった自分自身にだ。

 腹が立つ。

 痛い痛い痛い。

 

「何でそんな…お前だけ……」

 

 取り残されている。

 赤い世界に一人きり。

 どんなに手を伸ばしてもそこには届かなくて。

 

「何で……っ」

 

 なぁ、もういいだろ?

 こいつは充分苦しんだんだから。

 

 開放………してやってくれよ。

 

「幸せになる資格って何なんだよ…。そんなもん、必要ないだろーが!」

 

 誰にだって幸せになる権利はある。

 

 いいんだよ。お前だって。

 

「いいんだよ。幸せになったって」

 

 胸を張って生きればいい。

 不幸にしてしまった人達の分だけ、思いっきり幸せになってやればいいと、ハーヴェイ

は思う。

 償いにはならなくても、それが生き残った者の役目だろう?

 

「なぁ、シグルド」

 

 手を伸ばす。

 まだ届かない?

 

「何か言えよ」

 

 手を伸ばす。

 まだ……?

 

「シグルドっ」

 

 手を―――

 

 

「……うわっ!?」

 腕を強く引かれた。「あ」と思った時にはキスされている。

「…な…何だよ。急に……っ」

 睨んでやるとシグルドは「ぷっ」と吹き出した。

「お前なっ。俺は真剣に――――」

「…わかってる」

 シグルドはそのままハーヴェイを抱き寄せる。

「ハーヴェイ。俺は幸せにはなれない」

「な…っ」

 まだ言うか。

 抗議しようとすると、シグルドの手に力が入った。

「その代わり……お前が幸せになってくれるんだろう?」

「はあ!?」

 何を言い出すのだ、この男は。

「それじゃ意味ねーだろうが!わけわかんねぇぞ」

「確かに。でも、それでいいんだよ」

「よくねぇ」

「いいんだ」

「……本当に……馬鹿だよ、お前」

 世界一の馬鹿だ。

 背中に手を回し、ぎゅっと力を込める。

「見てろ。お前がウザイと思うくらい、幸せになってやるから」

「楽しみにしてるよ」

 そう言ってシグルドは笑った。

 寂しさは感じない、そんな笑顔で。

 

 

 赤い世界に一人きり。あいつは立っている。

 手を伸ばす。届かなくても伸ばすんだ。

 

 一人になんかしてやらない。

 不幸になんかしてやらない。

 

 見てろよ。

 いつか絶対、そこから引っ張り出してやるからな。


                                おわり

■あとがきという名の言い訳■
一応シグハーなんですけど。
精神面ではハーシグなんですかね・・・?
前回シグルドの視点で書いたので、今回はハーヴェイ視点です。
彼の乙女っぷりが笑いを誘います(え

シグルドにはどうしても絶ち切れないものがあって。
まぁ、ハーヴェイのことですから、そのうち良い具合にぶち壊してくれるのでは
ないかと思いますが。

そして何故か相談されてるヘルムートさん。
彼はユージンくんと幸せ一直線です。

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