メと薬と魔法


大魔法使い・ウィル・シェーン。彼は自分の弟子の魔女・シュカ・ロッテにこう言った。

 

”お前はどうしようもないくらいの駄目弟子だ。今回の課題をクリアできなかったら破門

にするぞ”と―――

 



 

「魂よこせ!です」

 突然現れた黒服の少女に、カカオは薬を調合する手を止めた。ずれていた眼鏡を直し、

目を瞬かせる。やがてぽんっと手を打ち、

「あーはいはい。ちょっと待ってて」

 引出しをあさって飴玉を取り出し、少女に渡してやった。

「ハロウィンは一週間後だよ。間違えないようにね」

「はぁ、どうもです」

 

「こんなものもらっちゃいました」

「シュ・カぁ?」

 ウィルは満面の笑顔でシュカの首を絞め始めた。

「お前はちゃんと私の話を聞いていたのかな?それともあれかな?お前はそれが人間の

魂に見えるのかな?私にはただの飴玉にしか見えないなぁ」

「飴玉ですよ」

 ぴしぃっ

 ウィルの頭で確かにそんな音が響く。シュカから手を離すと背を向けた。

「師匠?」

「……一週間だ」

 ウィルは妙に低い声で言い放つ。

「一週間以内にその男の魂を奪ってこい。できなければ問答無用で破門だ」

「え〜」

「”え〜”じゃないっ!わかったらさっさと行け!!」

「は…はい〜」

 逃げ出すように部屋を出て行くシュカ。ウィルは「はぁ…」と溜息をつく。

「やはり性格に問題あり。だな」

 

 カカオ・ダラスは20歳の青年だ。すらっと背が高く、どちらかといえば細身。優しい

雰囲気を持った目には眼鏡をかけていた。

「はぁ、おいしそうですねぇ」

 シュカがビーカーに入った青い液体を見ながら言う。カカオは「ははは」と笑った。

「飲んじゃ駄目だよ。苦いからね。ちょっとこれ、持っててくれる?」

「は〜い」

 カカオから試験管を受け取るシュカ。

 ウィルの家を出てから三日。何故か彼女はカカオの所に居座っていた。

 いつ魂を奪おうかと家の外をうろうろしていたところ、彼に中に入らないかと誘われてしまったのだ。

 まぁ、よく考えてみればその方が魂を奪うのに都合が良い。帰る場所が今のところない

シュカは、彼の仕事を手伝う代わりに家に泊めてもらっているのだった。

 カカオの仕事は薬を調合することだそうだ。

「薬作るのって楽しいですか?」

 白と透明の液体を混ぜ合わせているカカオに訊ねてみる。

「う〜ん。楽しいってわけじゃないけど……やりがいはあるかな。僕の薬で誰かを救うこ

とが出来る。そう思うと嬉しくなるんだ」

 曇り一つない笑顔で答えるカカオ。シュカもつられて笑った。彼の笑顔はいつでも優し

くて、シュカも何だか温かい気持ちになれた。

 魂を奪わなければならないのだが……

 ――いいですよね。あと四日ありますし。

 もう少しだけ、彼とこの心地よい時を過ごしても問題ないだろう。

「それは何の薬なんですか?」

「不治の病を治す薬」

「不治……?」

 シュカは顔をしかめる。

「治る見込みのない病気のことだよ」

「治せるんですか?」

「治したいんだ」

 カカオは真剣な顔で言いきった。

「小さな女の子なんだよ。まだ死ぬには早すぎる。治してあげたいんだ、何としてでも。

でも正直、材料がギリギリ分しかなくて、うまくいくかどうか……」

 カカオの持つビーカーの液体の水面が揺れた。手が震えているのだ。

 シュカには生きることの大切さとか、死ぬことの悲しさとかそういうものは良くわから

ない。魔女の命はほとんど永遠に等しいから。命の重さなんて知らない。

 だが、カカオの必死さはわかった。わかったから……

「大丈夫ですよ」

 シュカはカカオの手に自分の手を重ねる。

「カカオさんならきっとうまくいきます」

「シュカさん……」

 カカオはわずかに微笑み、小さく「ありがとう」と呟いた。

 

 それから三日、完成した薬を飲んだ少女は少しずつだが回復に向かっているそうだった。

その知らせを聞いて、カカオは力が抜けたかのように椅子に体を預ける。

「はぁ〜…良かったぁ……」

 これでひとまず安心だ。まだ気の抜けない状況ではあるが。

 いっきに疲れが押し寄せてくる。何かがこみ上げてくるような感覚がし、大きく咳き込

んだ。

「カカオさん、大丈夫ですか?」

 シュカが彼の背中をさすってやった。

「ご…ごめん。ありがとう。ケホっケホっ」

 なおも咳き込むカカオ。様子がおかしいとシュカは思った。

「カカオさん……?」

「はは…もう……限界かな……」

 かくんとカカオのまぶたが落ちる。

「カカオさん!?」

 体をゆすってみても反応はなかった。顔面蒼白でぐったりとしている。

「大変です……っ」

 あせるシュカ。こういう時はどうすればいいのだろう。とりあえずカカオをベッドに寝

かせる。額に手をあててみるとひどい熱だったので氷を用意した。

「え〜っと…。熱を治す薬、熱を治す薬……」

「…………無駄だよ。シュカさん」

「え?」

 シュカは引出しをあさる手を止め、振り返る。カカオが目を覚ましていた。

「これはここにある薬じゃ治らない」

「それって……」

 治らない病気?つまり―――

「……不治の病…ですか?」

「まぁ、そうなるかな」

 カカオは力なく笑った。

「生まれつきの病気でね。一ヶ月くらい前にさ、医者に明日―ハロウィンまで生きられれ

ば上出来だって言われてたんだ」

「そんな……」

 信じられなかった。

 だってさっきまでいつものように笑っていたではないか。

「女の子に使った薬は……」

「もうないよ。材料も貴重な物だからなかなか手に入らないだろうね」

「どうして……」

 シュカは息を詰まらせた。一回深呼吸をしてから言葉を投げかける。

「どうしてあの薬、自分に使わなかったんですか?そしたら……っ」

「そしたらあの女の子が死んじゃうだろ?」

「……」

 恐ろしいほどあっさりとカカオは言ってのけた。

 シュカはカカオがわからなくなる。

 この青年は自分のことが大事ではないのだろうか。

 自分より赤の他人である少女が大切?

 師匠が昔言っていた。

 人間は自分のことしか考えられない生き物だと。

 なのに、彼は―――

「嬉しいな……」

 カカオはシュカの頬に手を伸ばした。

「僕の為に泣いてくれるんだ……?」

 熱い雫がカカオの手に落ちる。シュカは目を伏せ、言葉をしぼりだした。

「……おかしいです…。そんなの……」

「かもね。自分でも馬鹿だとは思ってる」

「……」

「……明日はハロウィンだよねぇ……」

 カカオはシュカから手を離すと、うわ言のように呟く。

「街の子供達がね、ハロウィンパーティをやるんだ……。毎年僕もお菓子を配ったりして

るんだけど……今年は無理かなぁ……」

「………です」

 シュカは唇を噛締めた。

「無理じゃないですっ。あきらめないでください!」

「シュカさん……?」

「絶対…大丈夫ですから」

 シュカは自分に言い聞かせるように言うと、右手を高く掲げる。一陣の風が巻き起こっ

たかと思うと、彼女の姿は消えていた。カカオは目を瞬かせ、

「うっわ……。そろそろ本気でヤバイのかな……」

 

「師匠っ!」

「駄目だ」

 血相を変えて現れたシュカに、ウィルは間髪入れずに応えた。その様子だと今までのこ

とは全て知っているらしい。

「お前は阿呆か。今が魂を奪う絶好のチャンスだろう。とっとと奪って帰ってこい」

「嫌です」

 シュカは首を横に振る。思い切り振る。

「確かに最初は奪うチャンスを何度も伺ってました。でも……でも……」

 彼は笑いかけてくれた。

 私の為においしい食事を作ってくれた。

 私の調合が成功すると優しく頭を撫でてくれた。

 いっぱいいっぱい話をした。

 たった一週間だったけれど、確かに楽しかったのだ―――。

「……こんなのおかしいってわかってます。でも嫌なんです。彼の笑顔を見れなくなるの

は嫌なんです」

「……馬鹿弟子」

「馬鹿でもいいですっ。だから……」

 シュカはウィルに頭を下げる。

「私に…彼を助けさせてください」

「…」

 ウィルは読んでいた本を机に置いた。

「魔女法典23ページ11行目から書いてあること言ってみな」

「”魔女は如何なる時でも魔力をもって人間を助けてはならない。もしこれを破った場合、

魔女としての資格は永遠に剥奪される”」

 弟子入りしたてのころ、嫌になるくらい暗唱させられたことだ。

「それでもか」

「それでもです」

 シュカはウィルの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。

 生きることの大切さとか、死ぬことの悲しさとかそういうものはよくわからないけど。

 命の重さなんて知らないけど。

 でも、カカオには死んでほしくない。

 ずっと笑っていて欲しいと願わずにはいられないのだ。

「まったく……。いつもぼけ〜っとしているくせに、妙なところで頑固だな…」

「師匠…」

「師匠じゃないだろう」

 ウィルは短く言うと立ちあがる。

「破門だ。破門。今からお前は私の弟子でも何でもない」

「あ……」

 うつむくシュカ。こうなることはわかっていたが、こう冷たく突き放されるとさすがに

辛い。

「私……」

「まぁ、そういうわけだから、弟子でも何でもない魔女が法を破ろうが私の知ったことで

はないな」

「え?」

 シュカは顔を上げ、目を瞬かせた。

 これはつまりあれだろうか。

 嬉しさで瞳に涙が溜まる。

「師匠っ!」

「わっ、こら!ひっつくなっ」

 シュカはウィルをぎゅっと抱きしめた。

 これが最後だから。もう会うことはないと思うから。

「ごめんなさい。ありがとう……ございます」

 苦笑し、ウィルはシュカの頭をぽんっと叩く。

「あ〜わかった、わかった。早く行ってやりな。でないとあの青年、そろそろ本気で死ぬ

ぞ」

「はいっ!」

 シュカはウィルから離れると背中を向け、右手を掲げた。何を思ったか「あ」と声をあ

げる。

「あの、師匠。最後に一つだけ聞きたいことがあるんですけど」

「何だ?」

 シュカはウィルの方を振りかえり、小首を傾げた。

「ハロウィンって何ですか?」

 

 夜。街の中はオレンジの灯りでいっぱいだった。

 毎年屋外で行われるハロウィンパーティは、かなり大掛かりなものだった。

 カカオは先ほどから仮装している子供達にお菓子を配っている。

 ――不思議なこともあるもんだなぁ……。

 もう駄目だと思ったのに。

 朝目を覚ますと、すっかり苦しさは消えていたのだ。普通に食事ができたし、走ること

もできた。神様のちょっとした気まぐれだろうか。

 あるいは―――

「お菓子よこせ!です」

 カカオは空を仰いだ。ほうきに横向きに腰を下ろしぷかぷか浮いているシュカを見つけ、

微笑む。

「やあ魔女さん、こんばんは。お菓子をあげないとどうなるのかな?」

「どうして欲しいですか?」

「そうだね……」

 カカオが手招きをした。シュカはほうきから飛び下り、彼の前に立つ。

 カカオは彼女の耳に口を近づけて囁いた。

 シュカは一瞬驚いたような顔をし、やがておかしそうに微笑んだのだった。

 

 

”そばにいてほしいんだけど……。駄目?”

 

 

                                 おわり

 

あとがきのようなもの

 ひらさんさん&楓ちゃんのサイト開設祝いに贈らせて頂いたものです。

 微笑ましいラブさを目指したんですが、どうでしょう?

 いつも書く短編よりは少々長め。

 でも相変わらず展開が早いです…。あわわ…精進します!

 

 私、メインの二人より師匠に愛を注いでました(え

 シュカのお父さんみたいな感じ。

 機会があったら彼が主人公な話も書いてみたいですね。


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