ベント


「は、運動会?」

 トーマスの唐突過ぎる提案に、シーザーは顔をしかめた。

「うん。たまには息抜きが必要だと思って。最近みんな気が張り詰めてるみたいだか

ら……」

「はぁ、なるほどね」

 シーザーが彼を凄いと思うのは皆の事を常に気にかけているところだ。少々頼りないの

がたまにキズだが、城主としては申し分ないだろう。

「いいんじゃないか?なかなか考えた案だと思うぜ」

 ヒューゴ辺りははりきりそうだ。

 シーザー自身はサボる気満々だが―――

「もちろん君も参加するんだからね」

「えっ」

 

 結局、トーマスに頼み込まれシーザーは借り物競争に出るはめになってしまった。

「めんどくせぇ……」

 案の定ヒューゴは大はりきりで、彼の居るチームは先ほどから点を取りまくっている。

 ヒューゴ、クリス、ゲド、トーマスの計4チーム。

 シーザーはトーマスチームだった。ちなみに今のところダントツでビリだ。

「シーザーさん、頑張って〜」

 セシルの声。適当に愛想笑いを返し、溜息をついた。スタートラインに立つのはシーザ

ーの他にリリィ、ボルス、ジャック。スタートを告げる合図が響く。

 シーザーは軽く走り、面倒そうに借り物が書かれた髪を開いた。

 そして絶句。

 

『愛しのお兄ちゃん』

 

 …………は?

 シーザーはしばしその場で固まる。

 ちょっと待て。こんなん誰が書いた!?

「私ならいつでも貸出し可能だぞ、弟よ」

「どわぁ!?」

 突如耳元で聞こえた声に、シーザーは飛びあがった。

「な……な……」

 口をぱくぱくさせて目の前の人物を指差す。

 暑苦しいコートを羽織った長身の男は、シーザーの肩にぽんっと手を置いた。

「そうか。そんなに兄に会えたのが嬉しいか」

「何でお前がここにいるんだ――――――っ!!」

「お前が運動会に出ると聞いてな。せっかくだからカメラ持参で見に来たのだ」

「お前は我が子の晴れ姿を楽しみにする父親かっ!!」

 シーザーはアルベルトに一しきり怒鳴ると、肩で息をする。

 いったい誰がこの変態兄にそんな情報を与えた!?

「ああ、城主殿。本日はわざわざお招き頂きありがとうございます」

「お前かぁっ!!」

 シーザーは応援席にいるトーマスの襟首を掴み上げた。

「や…だってやっぱり、こういうものはご家族に見て頂いた方がいいのかなぁって思って

……」

 トーマスに悪意はない。それがわかってしまうとシーザーも怒れなかった。

「おい、シーザー。早くしないとビリになるぜ。まぁ、どーでもいいがな」

「え!?」

 ジョアンの言葉にコースの方を振りかえると、ジャックが(何故か)ガウを引っ張って

今まさにゴールするところだった。

 後日、ジャックに聞いてみたところ、この時の借り物は「おいしそうなもの」だったら

しい。

「さぁ、シーザー。この兄を連れて走れ」

「そんなん絶対―――」

 嫌だ。と言いたかったのだが

「ビリかぁ…嫌だなぁ……」

「大丈夫ですよ、トーマス様。シーザーさんならやってくれます!」

 というトーマスとセシルの会話を聞くと言えなかった。仕方なくアルベルトの腕を掴む。

「勘違いするなよ」

「何をだ?」

「何でもだっ!!」

 シーザーは声を張り上げると走り出した。

 走って走って走って―――ふと違和感を覚える。アルベルトの方を振り返り

「……おい、アルベルト」

「何だ」

「お前、走るのやたら遅くないか?」

 まだ少ししか応援席から離れていないのだ。確かにアルベルトは頭脳派だが、もう少し

速く走れるはずである。現にシーザーだって一般人並みには走れるのだから。

「コートが邪魔でな。重い上に走りづらい」

「んなもん、とっとと脱げ!」

「……」

 アルベルトは妙に真剣な顔でシーザーを見つめた。

「……本当に脱いでもいいのか?」

「やっぱりいいや。何となく」

「いや、遠慮するな。可愛い弟のためならこのアルベルト・シルバーバーグ、全て脱いで

もかまわん」

「かまえっ!!頼むからっ」

 本気で服に手をかけるアルベルトを死ぬ気で止めるシーザー。

 結局シーザーは、「クリス」をひいてしまい緊張で彼女の手を握れなかったボルスと同じ

く、リタイアになった。

 

                                おわり

 

ついに兄がやりました!

そのまま全部脱がせても良かったんですけどね(笑

コートの下が気になって仕方がないです。

 

あまり関係ない話ですが、トーマス→シーザーはタメ語が良いですな


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