いつだって追いかけていた。

 あいつの背中を―――

 

「アル兄ぃ〜。アル兄?」

 部屋を覗きこんで、シーザーは目を丸くした。

 今年二十歳になる兄が、積み重ねた大量の本に囲まれていたのだ。

「うっわ。何だよ、これぇ」

「ん?シーザーか」

 アルベルトは本から顔を上げる。シーザーは兄の後ろに回りこみ、本を覗きこんだ。

「何読んでんの?」

「お前にはまだ難しいと思うが……」

「むっ。何だよ、それ。ムカツクなぁ」

 兄から本を奪い取り、文字を目で追うシーザー。始めはしっかり開いていた目が徐々に

閉じていく。シーザーは半眼でアルベルトを見た。

「何これ。暗号か?」

「だから難しいと言ったろう」

 恨めしげな視線を送ってくるシーザーから本を取り上げると、アルベルトはそれを閉じ

た。

 表紙には「戦略100選」の文字。

 それくらいならさすがのシーザーにも読めたようで……

「勉強?」

「ああ。日々の積み重ねが大事だからな」

「ふ〜ん……」

 シルバーバーグ家は軍師の家系。生まれた時から将来の道は決まっている。

 アルベルトが軍師として優秀だということは若干13歳のシーザーにもわかっていた。

彼も幼い頃から軍師になるための勉強をしてきているのだ。

にも関わらず、兄との差は縮むどころか広がるばかり。まぁ、最近サボリ気味なのもい

けないのだと思うが。

 けれど、兄に少しでも近づきたいという思いはやはりある。

 遠くにある、大きな背中に。

「ねぇ、アル兄」

「何だ?」

「本一冊貸してくれる?」

 シーザーの申し出にアルベルトは顔をしかめた。

「どういう風の吹き回しだ?」

「いーじゃん。貸してくれよ」

「別に構わないが……ここにある本はどれも難し……」

「へーきだって!一日で読んでやるよ」

 根拠もなく自信満々に言い張るシーザー。アルベルトはやれやれと首を振ると、手近に

あった本を弟の手に渡してやった。

 

 居眠り以外で自分の机の前に座ったのは一週間ぶりだった。重く大きな本を開く。細か

い文字に眩暈をおこしそうだったが、何とか目をしっかりと開けた。

 ――俺だってこれくらい読めなきゃ、アル兄には追いつけない

 兄の背中は遙か遠くにあるのだ。

 目を細めたって見えないくらい遠くに。

「よっしゃ!」

 シーザーは頬を叩いて気合を入れると一行目から読み始めた。

 

 夜。

 灯りのもれていた弟の部屋に足を踏み入れ、アルベルトは溜息をついていた。

「言わんこっちゃない」

 シーザーは机の前に座っていた。ただし、広げた本の上に突っ伏して。規則正しい寝息

が聞こえてくる。

「まったく……風邪をひくぞ」

 アルベルトはベッドの上で丸まっていた毛布を広げ、シーザーの肩にかけてやった。ま

だ幼い寝顔を見て苦笑する。

「追いかけてこい、シーザー。いつか俺を追い越すまでな」

 

 今は遠いけれど

 目を細めたって見えないけれど

 それでも俺は追い続ける

 

 信じてるんだ

 

 いつか俺の小さな手が、あいつの大きな背中にとどく日が来るって―――

 

                                おわり

 

私的には赤毛兄弟、幼少時は仲が良かった希望です。

この話は単に寝ている弟に毛布をかけてやる兄を書きたかっただけだったり(おい

シーザーには兄を超える素質は充分あると思いますよ。


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